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イギリスにおけるレイプレイ事件とその社会的背景について

 
兼光氏による下記文を周知公論に付すため転載します。(著者全文転載可表明有)
出典:連絡網AMI Mailing List 兼光ダニエル氏による2009年6月12日付配信メール
http://picnic.to/~ami/ml.htm
※これは兼光ダニエル氏の個人見解であり連絡網AMIの合意了解ではありません。
 
転載ここから───────────
イギリスにおけるレイプレイ事件とその社会的背景について ― 兼光ダニエル

 
■ロングハースト殺人事件と過激ポルノ排除の気運
 
 2003年3月に英国ブライトンで発生したジェーン・ロングハースト女性教師殺人事件において、容疑者グラハム・クーツが所持していた暴力的な性描写を含むポルノ画像が犯罪を誘発したとして、亡きロングハーストの母、リズ・ロングハーストは性暴力を含むポルノを違法化する署名運動を開始しました。五万人ほど集まった段階でイギリス政府は過激なポルノであるとするホームページの閉鎖を行おうとしましたが、ホームページのサーバがアメリカなどにおかれており、それらがアメリカでは表現の自由の範囲内と警察が認めているために閉鎖要請に協力することが出来ませんでした。この為、2005年の段階でブレア政権内務省は既に英国内では出版・販売が禁止されている「過激ポルノ」を締め出すために、所持を違法化するのを模索し始めます。
 
 あまりにも行過ぎた法案と言う反対意見もありましたが、右翼系タブロイド誌にも書き立てられ法案(Criminal Justice Bill of 2008)は2008年に可決され、2009年1月をもって施行されました。
 
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6237226.stm
http://www.theregister.co.uk/2007/07/03/extreme_smut_possession_criminalised/
http://www.theregister.co.uk/2008/04/25/justice_bill_extreme_pron/
 
 所持が違法化されたのは次のような内容を含む作品です:
 
一般的に見て主に性的扇情を目的とした画像であり、尚且つ―
1.人の生命が脅かされる行為
2.その行為が人の肛門・乳房・性器に対して甚大が負傷する結果になるか、その可能性が高い行為
3.遺体か遺体と思わせる人体との性交行為
4.生死にかまわず動物か本物の動物であるという印象を与える物体との口淫ないし性交行為
 
 尚、実際にこのような行為が行われたかは問題ではなく、そのような行為が発生したという印象を与えるだけでその画像は違法となっています。
 
 成人が合意の上で及ぶ合法な性行為が写真で撮影すると違法となる側面や、イギリスのBBFC(メディア規制団体)から既に合法認定を獲得した作品でも、上記該当する画像を抜き出した画像は違法となる問題が指摘されるも、内務省は「むやみやたらと行使しない法律なので心配ない」と釈明。
 
 議会の中でもこの法律の不備については繰り返し指摘され、警察当局もどのよう運用するのか、何が該当するのかについてあまり解らないという談話を法施行前に公表しています。
 
http://www.theregister.co.uk/2008/06/19/extreme_guidance/
 
 施行直前から内閣から発表された基準が複数ありそれらの間であまりにも矛盾が発生している為、もしこの法律の名の下で法廷での係争が発生した場合、市民への明瞭な事前説明を怠ったとして政府が追求される可能性も指摘されています。
 
http://www.theregister.co.uk/2009/01/26/extreme_rude/
 
 更には当局は意欲的に追及するつもりが無いことを明言。検挙された犯罪者の余罪追加に運用する程度である事を談話で発表しています。内閣はこの法律は飽くまでもっとも極端なポルノ的画像の単純所持を追及する為のものであり、大概の正常な成人同士の性行為の内容の写真撮影については追求しないとしています。
 
http://www.guardian.co.uk/politics/2009/jan/26/police-offenders-law-violent-porn
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/magazine/7364475.stm
 
 2009年6月現在、審議中のCoroners and Justice Bill法案の中では実在児童ポルノの基準を更にマンガなど完全な創作の範囲まで押し広げ、既に違法である販売・頒布に留まらず所持も違法とする趣旨となっています。このように偶像の範囲まで児童ポルノの定義を広げ創作物にまで法規制を推し進めたり理由として上げられているのは、児童性愛者が実在児童の画像を持っていない時の場合とこれらの画像が児童性的虐待の下地を形成し、更なる虐待への呼び水となるからと警察や法務大臣は危惧しているようです。しかも日本のマンガやアニメなどを所持を規制したいというのを公言しています。
 
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/7422595.stm
http://www.theregister.co.uk/2009/01/19/evil_cartoon_badness/
 
 もちろんこれに対して疑問を投げかけている声もあります。野党自由民主党で下院議員Jenny Willott(ジェニー・ウィロット)などが法案の不備や行過ぎた点について指摘。イギリスのマンガ規制強化反対団体のComic Book Allianceも声高に反対を表明しているが、日本のマンガ・アニメについての英国での理解がアメリカに比べると児童向け作品(宮崎作品・ポケモン)ばかりに偏重している為にかなり世論に訴えるのにかなり苦労している模様です。
 
http://www.theregister.co.uk/2009/02/18/cartoon_law_loophole_choke/
http://www.theregister.co.uk/2009/03/17/cartoon_badness/
http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/politics/4370072/New-pornography-laws-could-make-comic-books-illegal-claim-campaigners.html
 
 尚、未成年者の性行為が創作物の中で描写された作品の所持を違法化するCoroners and Justice Bill法案ですが、2009年6月の段階では可決するかしないの可能性は五分五分とされています。片方では児童ポルノを廻るヒステリー的な流れがありますが、もう一方でこの法案を先立って設立した過激ポルノの所持を違法化するCriminal Justice Bill of 2008があまりにもおざなりに作成・施行さていた背景もありますし、本来ならは検視官や犯罪捜査を廻る法案に創作物の規制を廻る条項を追加したりするなど、ずぼらな法案をそのまま許容しない声も議会でささやかれています。
 
■追い込まれた労働党と既存の規制枠組みの不備への苛立ちと「レイププレイ」の発見
 
 イギリスは世界的に見るとポルノについては規制が緩やかであるのが知られていました。時間帯によってはソフトポルノとも取れるような番組が公共の電波で流れたり、タブロイド誌ではヌードが掲載されることが珍しくありません。映画やビデオについては法律上、イギリス内で上映・販売される作品は総てBritish Board of Film Classification―全英映像等級審査機構(BBFC)によって審査され可・不可が決定された後にレーティング(観客制限設定)を行われることが規定されています。BBFCは近年徐々にその姿勢が緩やかになっているとされています。実際にはBBFCの枠組みには大きな制限があり、個人が直接諸外国から購入した作品などについては規制することが出来ません。インターネットのお陰で娯楽が世界的に共有されるようになり、BBFCの有効性が薄らぎつつあるのが否めません。
 
 そもそもBBFCの規制緩和や出版物における性描写が社会全体の退廃と倫理観の衰退、法秩序の崩壊を促しているとして右派系新聞やタブロイド誌の批判を強めています。一つにはイギリスにおける移民の流入と階級闘争を下地とする国内イスラムテロ問題が顕著化した為に、法秩序を強化する気運が高まっているのもありますが、もう一つには近年支持率が低迷している与党労働党が票稼ぎの為に必死になっているというのも紛れも無い事実です。
 
 「レイプレイ」を糾弾したKeith Vaz(キース・ヴァズ)与党労働党下院議員は長年ビデオゲームを批判するので有名でしたが、これまでに発覚したパスポート発行利益相反問題、公費不正流用、自分に対して不利になる証言を無効化しようとした偽証行為を行った為に下院倫理委員会から一ヶ月間の停職処分を言い渡されるなど、スキャンダルの数はすさまじいの一言に尽きます。
 
http://www.dailymail.co.uk/news/article-1179912/MPs-Expenses-Keith-Vaz-claimed-75-500-Westminster-flat-family-home-12-miles-Commons.html
http://www.independent.co.uk/news/uk/politics/vaz-sidesteps-questions-on-links-with-hindujas-704370.html
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/1808303.stm
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/1384273/Commons-suspension-as-MPs-condemn-Vaz.html
 
 そもそも2008年においてBBFCの審査が緩過ぎるとして、保守党下院議員Julian Brazier(ジュリアン・ブライザー)がBBFC審査を上告できる政府組織の設立を可能とする法案を支持するヴァズ議員が「殺人や強姦を行うゲームがある」と証言したところ、強姦ゲームの存在など無いと当時批判されました。この数ヵ月後、ヴァズ議員が「レイプレイ」を持ち出してきたという具合です。これは推測でしかありませんが、強姦ゲームがあるという思い込みで発言したものの、国内にはそのようなゲームが無いのが判明した為に色々検索した結果、Amazonのマーケットプレイスを経由して日本の「レイプレイ」を発見して、これを攻撃再開の糸口としたと思われます。
 
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/exclusive-amazon-selling-rape-simulation-game-14183546.html
 
■リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件と黄禍論
 
 もともとヴァズ議員の批判は暴力描写を含むメディア全体に対して向けられたものでしたが、この以前から英国では日本を廻り、リンゼイ・アン・ホーカー(英国人)殺害事件を廻りやや扇情的な記事が書き立てられ、この前に発生したルーシー・ブラックマン(英国人)殺害事件との関連性が繰り返し強調。ルーシー・ブラックマン殺害事件では日本における警察捜査の不備や法廷審議過程について批難が集中していました。実際には日本での殺人強姦などの犯罪率はイギリスよりも遥かに低いのですが、遠い異国で白人女性が狡賢い有色人種男性に殺害されたという枠組みが既存の黄禍論の中に組み込まれやすいのは否めません。黄禍論自体はもちろん下火ですが、ホーカー殺人事件においては容疑者が2009年6月現在未だに検挙されていないこと為に家族がマスコミに働きかけて関心を薄れないように努力しているのですが、マスコミでは容疑者市橋達也がホーカーの似顔絵を書いていた事実やマンガを沢山読んでいたことに注目。ホーカー殺人にどぎつい性描写を含む日本のアニメ・マンガ文化が関与していたという主張もチラチラ見え隠れするようになっていたのです。
 
 このような風潮に非常に批判的な意見も新聞記事も掲載されましたが、ホーカー殺人と日本マンガ・アニメとの関連性を強調していたのがタブロイド誌や右派系新聞であり、それに対して懐疑的な姿勢を打ち出していた新聞とは異なることから保守的な姿勢を持つ人間で海外などに対して懐疑的意見を感じる人間からするとその偏見への警鐘はあまり行き届かなかったといっても過言ではないでしょう。
 
http://www.guardian.co.uk/books/booksblog/2007/apr/05/mendontkillwomenmangadoes
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2007/apr/03/reinventingyellowperil
 
■英国における日本アニメ・マンガ・ゲームの全体像の欠如
 
 言うまでもありませんが、この問題難しくさせている理由の一つが英国ではアメリカほど様々日本の作品が浸透していませんし、弁護する有識者も足りないというのもあります(もっとも同じ事はアメリカ自体でもいえるのですが)。同時に海外ではHentaiという単語が一人歩きしている実情もあります。
 
 そもそもは「H!スケベ!ヘンタイ!」とヒロインが主人公を罵る表現を見た欧米の人間が「日本のエロ=ヘンタイ」と結びつけ、やがてHentaiとは「日本特有の独自に性表現」や「一癖も二癖もある日本のエロス」へと意味が変貌し、やがては「日本で人気の性暴力」とまで一部では拡大解釈されている側面があります。しかも日本国内でも誤解がそのまま流布されています。
 
「性暴力を扱う日本製のゲームやアニメは「hentai」の呼び名で海外でも知られており、日本では通販や店頭で誰でも入手できる状況であることが批判を集めていた。」
 
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090603-OYT1T00631.htm
 
 国内ならばいざ知らず、日本のアニメ・マンガの全体像が分からない為に、ネットで書き込まれた情報や規制推進派の意見をそのまま掲載する記事も珍しくありません。例えばこちらはイギリスの主要紙で、リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件と黄禍論について危惧する記事を掲載したガーディアンにおいてEquality Nowの日本の性暴力ゲームへの批判について記事からの抜粋ですが:
 
The hentai [pervert] theme is common in Japanese comics, animated films and video games, many of which tap into the popular subculture of Lolicon, a Japanese rendering of Lolita complex.
「ヘンタイ(性的趣向倒錯者)テーマは日本のマンガ・アニメ・ゲームの中ではよく見かけられ、多くはロリータ・コンプレックスの日本語表記であるロリコンのサブカルチャーを汲み入れている」
 
http://www.guardian.co.uk/world/2009/may/11/japan-child-pornography
 
 しかし同じガーディアンで二年前に掲載された記事では:
 
Such hyper-violent comics [featuring girls and women being raped and tortured] do indeed exist, but in fact the category "hentai" isn't even used in Japan - instead, there is a whole spectrum of erotic manga, most of which is no more explicit than an issue of Nuts.
「このような[女子や女性が強姦されたり拷問される]非常に過激な暴力的なマンガは存在はするが、そもそもHentaiと言う区分け自体日本では存在せず、実際には様々な種類のエロティックマンガはあり、その過半数は[英国青年向け大衆雑誌の]Nutsと大差ない。」
 
http://www.guardian.co.uk/books/booksblog/2007/apr/05/mendontkillwomenmangadoes
 
 とても同じ新聞が掲載した記事とは思えません。
 
 結局のところ、情報共有が不十分であり、既存の偏見や無知故の乱暴な結論で議論が進行している節があるいえるでしょう。そもそも「レイプレイ」自体が日本ではそれほどヒットしたわけでもなく、日本の広く浸透しているゲームでもないにもかかわらず、あたかも日本の性文化を代表するように書き立てられているところからもその片鱗は見えます。
 
 しかし英国議会において「レイプレイ」が取り上げられた事象事態については、そもそもはイギリス国内の有害情報規制騒動に日本が巻き込まれたと言っても過言ではないと思います。
───────────転載ここまで
 
以下転載者による関連リンクとコメント
 
BBFC(British Board of Film Classification
(汎欧州ゲーム情報(PEGI)が審査を行わなかった表現物の一部を検閲している団体)
http://www.bbfc.co.uk/
Coroners and Justice Bill法案 2008年
http://www.commonsleader.gov.uk/output/page2655.asp
http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200809/cmbills/072/09072.i-vii.html
http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200809/cmbills/072/09072.25-31.html
英国下院 Jenny Willott 議員(野党自由民主党)
http://www.jennywillott.co.uk/
イギリスのマンガ規制強化反対団体 Comic Book Alliance
http://www.comicalliance.org.uk/
英国下院 Keith Vaz 議員(与党労働党)
http://www.keithvaz.labour.co.uk/
http://keith-vaz.blogspot.com/
リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%BC%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%81%95%E3%82%93%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
ルーシー・ブラックマンさん事件 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%81%95%E3%82%93%E4%BA%8B%E4%BB%B6
黄禍論 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E7%A6%8D%E8%AB%96
レイプレイ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%A4
有害情報 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E5%AE%B3%E6%83%85%E5%A0%B1
小林恭子の英国メディア・ウオッチ : ネット規制 英国の問題は児童ポルノサイト
http://ukmedia.exblog.jp/9000024/
兼光ダニエル 氏
http://www.translativearts.com/
 
無知、偏見、個人的復讐心、スキャンダル議員の保身、
黄禍論に私たちがふりまわされていたとすれば、とんだお笑い草だ。
そんなものに歴史的芸術や国際的なメディア芸術が汚され、
優秀な表現者が筆を折るなどということが起きるとしたら、
これほど虚しく悲しいことはない。
 

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