id:furukatsuのひと
というか81式のひとはたぶん、座学と演習でなるべく多くを体験して、自分を、あとは戦場で人を殺す以外やった、っていうところまでもっていって、それでも戦争の「リアル」が分からなくてもやもやしていたのではないかなーと思う。
あることを言うことへの含羞って、たぶん、コミュニケーションの構成要素だと思うけどそれの適切な運用は難しいよなーみたいなことを思う。うまくいえない。
あることを言うことへの含羞って、たぶん、コミュニケーションの構成要素だと思うけどそれの適切な運用は難しいよなーみたいなことを思う。うまくいえない。
「悪い事をした現場でしからなきゃ意味無い気が」
橋下体罰容認したとかしないとか発言派生の議論(http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.asahi.com/politics/update/1026/OSK200810260045.html)で、「体罰ありにするなら、罪刑法定主義採用するとともに、生徒に体罰が必要だと判断する人(教師)と、生徒に体罰を執行する人を別の人(教師)にする、とかかな。体罰を生徒に対する合法的意趣返しにしている人いるしな」って書いたら、
id:YOSIZOさんに表題のようにメッセージもらったわけですけれども、これ、「宿題を忘れたので居残り勉強」が効果あるのと同じように、実際の罰があとになっても効果あると思うんですよね。やった事がすぐに表面化し、問題化されれば、応報の部分はなくても、なにが悪かったかはわかるだろうし、それがわからない子に必要なのは、体罰とも違った支援なんじゃないかなと思います


