k-holy はてなハイク市民 (プラチナ 3,113日)

ホリィ(新人)

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最近twitterでは細川高国擁護ツィートを続けている関係、新たな高国情報を求めて検索していたら、妙心寺住持の鄧林宗棟が高国の伯父=細川勝之という話を知りました。

狩野元信周辺の肖像画制作について―細川氏との関わりから― 池田芙美(サントリー美術館)
http://www.bijutsushi.jp/pdf-files/reikai-youshi/2018_07_28_higashi_01_ikeda.pdf

「鄧林宗棟」で検索したら狩野元信筆の画像とともにWikipediaの「山名豊久」ってページが出てきますが、大日本史料DBの内容を確認したところ、1件「本山名氏之子」とあるのを除き、ほぼ細川氏出身説で「細川政元之俗兄」ともあり、永正6年に高国の執奏によって後柏原帝より紫衣勅許を賜ったともありますので、細川氏出身で間違いないかと思います。『尊卑分脈』でも野州家の細川教春の子・勝之で文明5年出家との説を採用されている模様。

千田たくま「鄧林宗棟と細川政元のきずな」
http://ga.hanazono.ac.jp/pdf/009.pdf
花園大学国際禅学研究所の論集、p193より

幼少期の政元は丹波の龍興寺で養育されたという説もあって、拉致事件のことなども考えると興味深い話です。
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息子が38度以上の熱を出したので慌てて病院へ診察に行ってもらいましたが、この夏は発疹のある風邪が流行ってるそうで、結果的には特に大事無かったようです。
発疹は誤診断も多いようなので油断はできませんが、熱は一晩で下がったしその間もずっと元気なので、まあ心配は要らないかなと。
この1年、入院や通院が必要なくらいの怪我や病気にかかることなく過ごせたのは幸いでした。
むしろかみさんの体調の方が心配だったくらいで…。
子供が急病で…は急な休みでも比較的取りやすいけど、妻が怪我だとか体調不良で…は理解を得られにくい感じはありますよね。
会社としてもプライベートへの干渉や独身社員の不公平感にも繋がりかねないので、当事者が勇気を出す、それで評価が下がっても、少しでも後に続く人が助かればと思うしかないでしょうか。
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流れ的に、お昼ごはんはゴーヤ一本丸かじり!?とか思ってしまいました。すみません!!
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篠山の「ファミリーダイニング パラパラ」、初めて息子を連れて行ってきました。
六甲山越えなので結構時間はかかるんですが、三田のイオンモールを中継地にするといい感じに篠山まで届きました。
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和食のランチ1000円が牛すじ丼にトンカツ、カラアゲと肉肉しい感じで良かった。特に牛すじは脂身嫌いなかみさんも絶賛でした。
見本写真で美味しそう→実物が来てガッカリ→食べて更にガッカリ、というのは「ファミレス」あるあるですが、このお店ではむしろ、実物は見本よりも豪華じゃね→食べたらうまーい、ばかりです。
来年はここで息子のお祝いもできるといいなぁ。その頃にはお子様メニューも食べられるようになっているでしょうか。
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とか書いてたら、クマゼミが少しずつ鳴きだしました。
子供の頃はアブラゼミやニイニイゼミと比べて見る機会が少なかったので、どちらかというと好きなセミでしたが、今ではもうそこら中クマゼミの声しか聴こえてきませんし、嫌いになってしまった。笑
昔は東京にもいなかったそうで、そういえば香川照之も、幼少期のクマゼミとの出会いを熱く語っていました。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/18/070500012/070600001/
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こんな時間ですが、窓の外からヒグラシの鳴き声が聴こえてきました。
昨日まではこのくらいの時間にはすでにクマゼミの声ばかりでしたが、今日は気温が低いからか曇天のためか、聴こえてきません。
ヒグラシの声を聴くと、夏の稲荷山の夕暮れ時を思い出します。息子と一緒に行ける日はいつになるでしょうか?楽しみです。
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息子のために新しい扇風機を買いました。安いもので微風のリズム機能を備えたやつって、なかなかないですね。
古いやつは25年の付き合いで手慣れたかみさんがうまく動かしてくれて、僕が寝る時に使っています。
その後、今のところ首だけ振ってる状態にはなっていません。
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先日、息子が家の中でコケて、おでこにたんこぶを作ってしまいました。
しばらく泣いた後すぐ元気になったものの、色々と心配になってたまらず、翌日病院に行ってもらいました。
今のところ問題はなさそうで、一安心したのも束の間、また家の中でバランスを崩して、椅子に顔をぶつけて軽く出血する事故がありました。
息子にはできるだけ好きなように動かせてやりたいし、かみさんの負担を軽減するためにも一緒に身体を使って遊ぶよう心掛けていますが、自分にはまだまだ危険予知能力が不足していると反省した次第です…。
もちろん、これから先もっと危険な目に遭う可能性は高まる一方でしょうし、日々成長し変化する子供の能力や特性に合った危険予知能力を身につけるには、OJTだけでは足りないのかもしれません。
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最近、もう25年にもなるという我が家愛用の扇風機が不調なんですが、昨夜はとうとう就寝中に羽根が止まってしまったみたいです。夜中に暑さで目が覚めたら、静かに首だけ振ってる扇風機がうっすら見えて、その有り様の可笑しさがたまらず、かみさんを起こそうかと思ったけど、まじ怒られそうなのでやめておきました。
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【こんな時間に知らんがな】
FGOとやらのせいで戎光祥出版の岡田以蔵本がめっちゃ売れてるらしいので…

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1807/18/news052.html

足利義稙が登場してくれたら山田先生の義稙本もめっちゃ売れて、「流れ公方」が戦国時代の基礎知識になるという妄想
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twitterより
戎光祥ヒストリカルセミナー、10月6日(土)、天野忠幸・浜口誠至「細川氏と三好氏」
https://twitter.com/ebisukosyo_maru/status/1017221802970398721

天野先生は東京での講演は初とのこと。
浜口先生にはぜひ、細川政元と高国について語って欲しいです。特に、枕詞のように「管領・細川政元」と呼ばれる政元が、管領としては全く真面目に仕事してなかったことを広めてくださると嬉しい。(笑)
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「大名物」とか「名物」扱いされていた茶器(茶道具)って、いつ頃から実用品じゃなくなったんだろう?むしろ今でも時には実用されることがあるんだろうか?とか、そんなことを考えた次第です。
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そういえばこないだの台風が通り過ぎて即、クマゼミが鳴きだしたことを報告しようと思いつつ、忘れておりました。
今はもう、あのうるさい鳴き声に包囲されている状況です。
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小谷量子「上杉本洛中洛外図屏風注文者 近衛氏の生涯」
http://id.nii.ac.jp/1133/00002521/

こちらの論文では将軍義晴御台の慶寿院を「将軍家家長」と評価されており、大変興味深いです。
内容は慶寿院の生涯を中心に、近衛稙家、聖護院道増、大覚寺義俊、久我晴通らの兄弟も含めた近衛家の動向を追うものですが、将軍周辺の動向とその背景の事蹟が詳細にまとめられていて、学びが多いです。
特に天文22年に将軍義輝と三好長慶の和談が破れた際、晴元との提携を選択したのは近衛稙家と慶寿院だったのではないかと推測されていたり、その後永禄元年末までの朽木滞在期にも大覚寺義俊の在京を指摘されていたりと、細かいところで重要な示唆があります。永禄の政変の背景についても、中立的な視点で多くの情報が紹介されています。
天野先生が三好政権への寝返り組と評価している伊勢貞孝の動向についても、ここではちょっと違う印象を受けますね。
(明応の政変における貞宗・貞陸父子、また義稙の帰洛と出奔時における貞陸・貞忠父子といい、政権交代期の伊勢守家の動向は謎が多いので、どなたか解明していただけると嬉しいのですが…。)

このところ、義晴の生涯が大河ドラマになれば面白いのではと考えてましたが、この論文を読むとむしろ「洛中洛外図屏風」を一つのテーマとして女性枠で慶寿院をやるのも良いかもと思えてきます。

なお、この方は博士論文「洛中洛外図屏風」にて、上杉本図屏風の発注者は義輝ではなく母の慶寿院で、制作目的は永禄9年5月の義晴十七回忌のためと推定されているばかりか、通説で上杉謙信と言われている塗輿の貴人の行列は「穴太記」との照合から将軍義晴の近江没落を描いたものだと提唱していたりと、目が離せない感じです。
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三好政権と将軍義輝の関係について、他の研究者からの言及という点では『洛中洛外図屏風(上杉本)』関連が面白いです。
こちらの論文では、近年進展著しい戦国期畿内政治史の研究成果を取り込み、制作者や時期の特定に留まらず、個々の描画対象や表現の意図を紐解こうとされています。

下川雅弘「『上杉本洛中洛外図屏風』の注文時期とその動機に関するノート」
http://id.nii.ac.jp/1449/00001217/

教興寺の戦いの際に大覚寺義俊(近衛尚通の子で、義輝・義昭兄弟の生母慶寿院の兄にあたる)が明確に反三好方として動いた件について、天野先生はたびたび将軍義輝が敵方に通じていた証拠としてこれを挙げているものの、いまいち説得力に欠けると感じていたのですが、ここでは天野説を援用し「表面上は三好方との協調関係を維持することに努めていた」義輝が、内心では「義俊や伊勢貞孝と通じていたと考えるのが自然」としつつも、「義輝が大覚寺義俊と内通していたことを示す証拠は見当たらない」と冷静に評価されていたりして、好印象です。

特に、義輝が「上杉謙信の力を借りて新たな政治秩序の構築を目指そうとする」時期を、三好方の世代交代の契機である「三好義興が死去した永禄6年8月以降」と推測されている点は、図屏風に描かれている三好筑前邸(義興邸)の明らかに寂しい情景を考えると、納得できます。
というか、僕も以前から、あれは義興病死という直近の事件に対して義輝が弔意を表現したものではないかと妄想しているわけですけれども。
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さらに読み進めましたが、天野先生も一部論調がトーンダウンというか、三好足利対立視点だけではない印象を受ける箇所もありました。
(先生が見解を変えたわけではなく、僕の読み方や記憶への残り方が変わっただけかもしれませんが)

たとえば、永録元年末の和睦以後、義輝は三好氏が京都近郊で裁許を行った相論に介入せず三好政権に一定の自立性を認めていた例を挙げていることや、三好義興邸への将軍御成を「融和的な雰囲気が高まっていた」と評価し、また義輝と久秀の対立が表面化したのを永録5年の教興寺の戦い以後としていること。
そして、久秀による御前沙汰への介入についても、教興寺の戦い後に急速に緊張が高まったことから「対将軍外交を担った義興と久秀のうち、久秀は強硬派に転じていた」ためと説き、義興については「三好氏と将軍義輝の協調の要」と表するなど、将軍との融和関係を尊重していたと解される記述が見受けられます。
過去の論調では、三好宗家は反義輝で一貫していたかのような印象でしたが、久秀とは異なり、義興には義輝を蔑ろにする振る舞いが見当たらなかったのでしょうか。

一方、義輝が永録の変の直前、三好家の当主となった義継に修理大夫への任官を約束し、松永久通ともども偏諱を授けたことをもって、「幕府を支えてくれることを期待した」と評されている点も見逃せません。
つまり、教興寺の戦いに際して大覚寺義俊や一部の側近が敵方に内通したのも義輝自身の意志では無く、あくまで彼らの独断であったと仮定すれば、義輝は義興の急死を受けて三好家との今後の関係を不安視し、次の提携相手として上杉謙信に期待を掛けてはいたものの、この段階ではまだ幕政から三好家を排除する意志は無かったと解することもできるんじゃないかと。
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( ´-`)。o 0(…茶器(実用)/茶器(観賞用)/茶器(保存用)/茶器(布教用)…)
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待望のこれが来たので、育児&通勤の合間に少しずつ読んでます。
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いまのところ、三好家の「下剋上」とその象徴として松永久秀を取り上げ、時系列に沿って解説されている感じで、これまで天野先生が書かれてきた物のまとめとして、一般にも広くおすすめできる内容だと思います。
ただ個人的には、永禄元年末の将軍義輝との和睦以後の動向について、将軍と三好家の対立関係を強調し過ぎている印象です。
特に、武田晴信に旧領信濃を追われて京都の分家を頼っていた小笠原長時父子の復帰のため、将軍義輝から長尾景虎に協力を求めた件を、義輝の協力者である景虎への牽制と説明されていたのが…。
小笠原貞慶は確かに長慶から偏諱を授かったと見られてますが、前名の貞虎は景虎からの偏諱と見られていて、小笠原家の系譜でも上洛前に上杉家を頼ったことになってるようですし、小笠原父子を三好の手先みたいに捉えるのは、ちょっと視点偏りすぎじゃないのと思ってしまいました。
三好政権が足利将軍家の権威の相対化を進めたという点については異論はないんですが、あらゆる事柄を対立的に捉えて解釈されているのは、逆に説得力を失わせてる気がします。

ちょうど先日かんたんブログさんの紹介記事を読んだところですが
http://trillion-3934p.hatenablog.com/entry/2018/07/07/024720
僕も天野先生が提唱している久秀=三好宗家忠臣説だと、永禄の変後の行動の落差というか掌返しの早さがあり得ないんじゃないかと思っていて。まだ三分の一くらいしか読んでませんが、その疑問はこの本でも解消されなさそう?
永禄の変の御所巻説など個別の事件で触れられたことはありますが、もっと他の研究者、特に義輝~義昭期の幕府の動向に詳しい研究者の方々にも、三好家分裂期に踏み込んで来ていただきたいなぁと。
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家族3人で琵琶湖あたりをドライブしてきました。
大津市ではおむつ替えや授乳室を一般に提供してくださっている施設を「赤ちゃんの駅」としてリーフレットに掲載されていて、感心しました。
http://www.city.otsu.lg.jp/kosodate/shi_so/shien/1390227036889.html

今どきはユーザー投稿のまとめサイトやアプリ等を駆使してスマートフォンで探すのが主流なのでしょうけど、やはり自治体からの情報の方が安心できます。
「赤ちゃんの駅」という制度?は全国各地にあるみたいですね。同じロゴのものが複数あるので、いくつかの事業者が自治体と契約してやってるんでしょうか?
http://www.combi.co.jp/brand/combiwith/babystation/list/

こういう情報も外部仕様を統一してAPIで提供してくれたら…と思うんですが、自治体の取り組みにそれを求めても難しいんでしょうね。
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