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昨今のエロ規制の話題で見かけるお名前がはてなでよくみた人の別コミュでの名前が多くて、意見の是非抜きに懐かしさがある。
ここ数年のエロ表現の話題って自分にはレイプレイやと条例の時の争点がベースになってんなって思ってたけど、
それももう10年近く前の出来事なので、直接あの頃の議論を参照してる人なんかとっくに少数派で、大半はその後に漂うミームを食って意見形成してるんだよなあと思うこと増えた。
当時だって、その昔から取り組んでた人らにはそう言う見え方だったのかも、と今になって思う。
ダメだな、なんか昔話しちゃう。
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クッパ姫のブームは「うあーそのツボわかるうううう」って思いながら人並みにみて楽しんでますし、その後巻き起こる「あそこはやばい」「いやそうやって圧してくるお前こそヤバい」の応酬も既定路線だなと。
茶化すわけじゃないんだけども、いわれがちなこと、いうべきことはこれまでと変わらない。
 
ただね、なんだろ、これまでになかったなって要素に「公式凸したことの可視化」が進んでるなって思った。これも、本当は少し前から少しずつ見えていたことだけど。
公式に凸するやつの扱いにくさはわかるし、一方でこうものが起きたときに何かに駆り立てられて(頼まれてもないのに)凸してしまう人が世の中にはいるというのも理解していて、古の頃より両者が攻防を繰り返して今があるのもわかってた。
これまでは「公式はそういうものは知りませんよ、の振りをしていることになっている」だったけど、SNSのリプライだとか私は本当に通報しました報告だとかで「第三者の目にも、公式も目に入っているのは確実」くらいにはなってるよねって。
任天堂にコメントをとったJ-Castも、ブームに対して悪意があったとかではなく、世間に漂うそういった潮流に素直に乗っかっただけじゃないかと思う。
 
何度目の引用だよって感じだけど、やっぱりまたこれを思い出す。
 
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1102/08/news060.html
“(赤松氏)もちろん「自分のキャラがひどい目にあうのはイヤだ」と考えている人もいらっしゃいます。しかし僕は、自分も同人誌出身ですから、僕のキャラをつかわれても全然大丈夫なんです。特に、うまい人ならばぜひ。と、こんなことをいうとファンの方に怒られてしまいますが。”
 
この「こんなことをいうとファンの方に怒られてしまいますが。」って、社会全体で非公式二次創作という存在をはっきり気づいた(ということにする)後に生じる問題だよなって。
俺はあの二次創作や同人者の言動が気に食わない、それを後押しするなら原作者だって同罪だ、と考える人は当然出てくると思うから。そういうものに、どう向き合えば(もしくは向き話ないようにするか?)いいだろうな。
2011年の当時より、そういう段階にいまはぐーっと近づいていっている気がする。
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なんかなあ、こういう時に言われてやだなとかこれは言ったほうがいいんじゃって気持ちでワーワーいうてしまうけど、しばらくすると言わなきゃよかったって気持ちが強くなって頭抱える。
私にだけ都合のいい世界があればいいのにって思う瞬間。
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ラノベ表紙の話で、業界も切羽詰まってるから表紙をエロくしたり過激な企画・キャラにしたりする的な言説をまあ見かけるんですけど、話題の発端になった境界線上のホライゾンやアクセルワールドに全然あてはまってなくて、みんななんの話をしてるのか本当にちょっとよくわかんなくなってきた。
小学生や学生服の女子が表紙になってるラノベ表紙も取り上げられていたけど、いやまあそれの問題視は理解できるんですけど、ホライゾンで問題になった表紙は成熟した女性キャラだし、大きな意味で女性の性差別の問題とはいえるかもしんないけど、とはいえふり幅でかくて焦点さだまならないのは変わんなくて。
 
漠然と、書店のライトノベル棚のあのへんのあの感じがキモい、みたいな話でいいのか? あそこまで過激な表紙はまあまあ一部(とはいえホライゾンもアクセルワールドも人気作なので、新刊出たら代替いい場所におかれるけど)だとは思うので、雑多な一部のそういう本があってもええやんというのが自分の感想で。
ホライゾンもアクセルワールドも中身のわりに表紙きつすぎんよー、って指摘は「わかるー」とは。とはいえあそこまで売れて人気の作品で、特にホライゾンなんかはものすごい拘りあってアレなので「ちょっと控えて」というだけでも結構な論争になりそう。
男の子向け志向の強いラノベ文化は(例えば女性ヒロインの固定化とかエロ演出の頻度の高さとか)女性の性的搾取に加担している的な議論なら、とってもわかるし大事だと思うんですけど、いま議論するには範囲が広すぎて「そうですねー。じゃあわいは魔王の俺が奴隷エルフを嫁にしたんだが、どう愛でればいい?の新刊読むね」って思っちゃうかも。
 
いや茶化したいわけじゃないんだけど、なんかこうほんとに「何を論じているのか」がわかんなくて、ぼやーんとしちゃってる。
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以前から感じてたことだけど、「その表現は社会こういう影響があるかもしれないから」という根拠の人でも、その具体的手段としてゾーニングを上げてること増えてない?
レイプレイや都条例はバリバリの公的規制だったから、基本的に規制を求める側はそのコンテンツの社会的撤去が目的で、ゾーニングを求めるのは自称中立派だった覚えがある。もちろんゾーニングするってのは現実には売り場規制・流通規制なのだから、ゾーニングを求めるってことは実態として規制推奨であり、全然中立じゃないからな!? みたいなこと、当時はよくみた。
でもここ数年の規制問題云々をみたとき、それこそ性差別構造の再生産がとか、子供に悪影響がという話であっても、求めてくるのはゾーニングだよね。これいつの間にこういう感じになったんだっけか。
 
いやまあ知ったところでどうしようもないんですけど、なんかモードの変化を感じることが増えたので。
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