natukusa はてなハイク市民 (金 516日)

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1.『TOKIO』の話から。 - 阿久悠さんのこと。 - ほぼ日刊イトイ新聞
http://www.1101.com/akuyu/2017-10-16.html

ハイクで沢田研二のTOKIOの文章読んだ数日後に、糸井重里自身が歌詞のこと語ってて驚いた。運命だ。
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ヒャダイン「フジテレビへの『愛ゆえの憎しみ』」
http://bunshun.jp/articles/-/1238

どこかのブコメにも書いたけど、先日のとんねるずのアレについてはこの記事思い出した。
ここでもヒャダインは石橋貴明を「80年代のやんちゃだった頃のフジテレビの擬人化」といってるくだりがあって、リサガスさんの記事に通じる感覚だと思う。あのへんの文化に大なり小なり良さを見出す人にとって、「80年代」がキーになるのは共通認識なのだろうなと思う。
 
自分としては自我が芽生えたの90年代だったし80年代のことはよくわかんないし、生まれた地域が日本の辺境で東京と関東の違いが分かんなかったし、地理的な知識が入った今でも自分の中で分離してないとこあるくらい遠くにあるもので、なんなら東名阪は全部一緒くだに見てる節ある。雪降らないって聞くし。たぶん北海道や沖縄からみて本州をひとくくりにするようなあれに近い感じを、自分はその辺の地域に感じてる。
 
ただでもうん、そんなぼんやり生きてた自分だけど、80年代が終わった直後の当時から大人は80年代に対して愛憎を抱いて語っていたなあって記憶はある。
誰だったか忘れたけど、テレビで見た当時で40代くらいの男性タレントさんが、確か60年代のリバイバルが今ブームなんですよみたいな話の折に「80年代ってとんがりすぎててピックアップできない」といっていたことだけは、今も妙に残ってる。文脈としては切り捨てるような意味合いだったと思うけど、でもある種の特別性をみているゆえに出る言葉じゃないかなって思う。
好きでも嫌いでも、そこで語れる80年代って「華やかで、虚ろで、そしてキラキラしているから(好き/嫌い)」だったと思う。その辺の感覚が、あの時代の性質、特徴、みんなの共通認識なんじゃろなあって。
 
先のヒャダインの記事は、今のフジテレビは80年代の成功体験を無理やりトレースしているところがあかんでしょ、クラスのカースト位が先生交えてきゃっきゃしているところみせられてもこっちは強烈に寂しいだけ、という旨につなげている(正確な文脈は記事読んでね)
そこへいくと、その内輪感ていまとなっては視聴者には「寂しさ」として受け取られるけど、クラス内のネアカグループは個人的にいけ好かないけど、あいつらがいるおかげでクラスの雰囲気が明るくてそこは認めてやるよ、と受け取られている時代や空気も確かにあったと自分は思う。
(ヒャダインもそこはたぶん分かったうえで、でも今の時代は、今のやり方では、っていう意味で言ってると思う。だからこそ「愛憎」なんだしね)
記事自体はフジテレビだけど、そのフジテレビの擬人化といわれる石橋貴明の存在感という説明にも、90年代からのことしか知らない自分にはしっくりくるな。
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朝起きたらハイクがホッテントリどころかツイッターでもみかけてすごいことになってた。
リサガスさんの力である。
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著名人がコミケに参加するハードルが変わりそうという懸念もあるんだけど、個人的にはクラウドファンディングを活用した同人活動に対する視線が変わりそう、のほうが自分の中では重い感じで。
CFと同人活動ってわりと相性がいいと思うんだよね。商業で連載していたけどいろんな事情で単行本収録できなかった原稿を、ファンからCF募って同人単行本として出すっていいじゃんて思う。
続刊が出なかった4コマ単行本を、商業レベルの装丁に仕上げて高い単価で同人誌として発行するってしょっちゅう見かけるし、少しでも作家さんには負担を無くしてほしいなあと思っている。
そんな中で「CFで同人活動するなんてけしからん」という言葉が飛び交っており、ああ結構内心で思ってる人いるんだな、と……勘弁するのです。
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返信先metamix
こちらこそ、最初に焦ってコールしてしまい、ほぼほぼ丸一日つき合わせてすみませんでした。
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返信先metamix
>現場オペレーションの重要性が蔑ろにされることに納得がいかないというのが要旨ということでよろしいしょうか。
えっ、違います。
 
>「多少オペレーションが乱れようが怪我人とかが出なければ別にいいんじゃないの?新しい客層が入ってくる方がコミケが楽しくなるし」くらいのスタンス
えっ、全く同じですけど。
3段落目からの内容についても特に異論はないです。
 
ーーーーここから自分引用ーーーー
>まず私は、おそらくmetamix さんが感じているのと同じように
>真木さんのコミケ参加に関して「あれほどまでに周囲が排他的に迫る必要はなかった」と考えています。
http://h.hatena.ne.jp/natukusa/227148309957652669

>また、いまや本職芸能でこれほどコミケ参加している人が多いのだから、
>そっちの伝手に頼って詳しい人をあてがったほうがよい、という主張にも同感です。
http://h.hatena.ne.jp/natukusa/227148309957652669
  
>具体的な対策についても、(これも繰り返しになりますが)おっしゃるように当日までに助っ人を呼べばよかっただろう、くらいの思ってませんし、
http://h.hatena.ne.jp/natukusa/299856828868181169
ーーーーここまでーーーー
 
私は最初から、何度も繰り返しているように、
metamixさんと同じく、真木さん本人に排他的に迫った人には否定的ですし、
その背景には「そうはいっても真木さんが本当に参加したところでなんとかなるだろう」という見積もりだからです。
 
ややこしくしたのはこのへんか?と思ってますけど、よく読んでいただければ「私個人が、これはイケないかもしれないなと見積もった」ではないことがわかりますでしょうか。
私個人は「イケるでしょ」寄りの考えをしていますが、「イケないかも」と考えだす人のことを責めるつもりはない、そう考えだす理路まではわかる、という主旨が伝わりますか?
 
ーーーーここから自分引用ーーーー
>おっしゃるとおり、イケるかもしれないし、イケないかもしれないという状況ですよね。
>ですので「これはイケないかもしれないなと見積もる」も「イケるでしょと見積もる」のも良し悪しはないのでは。
 
>保守的な思考の人は前者で、もちろんその思考を元に排他的な言葉を投げかけたことは、私も肯定的には受け取れません。
>ただ、最初に上がった排他的な空気に対して、同人者自身から気持ちを汲みつつ批判も多くありました。
http://h.hatena.ne.jp/natukusa/316622178967167444
ーーーーここまでーーーー
 
ハイクで移った最初の記事で現場のオペレーションの話をしてしまいましたが
それについての謝罪と説明はこちらの冒頭でしたと認識しております。
http://h.hatena.ne.jp/natukusa/31662217896716744 
 
こちらからも今更質問ですが、
最初にコールするきっかけになったのはここのmetamixさんのブコメなんですが、
こちらは同じページに書いた私のコメントに対する反証だと思っていましたが
もしかして全く関係ないコメントでしたでしょうか?
http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1144990
 
metamixさんのブコメをみて、私は「気持ちはわかる」とかきましたが、
確かに「だから排他的な行為を肯定している」とも読めると考え
「排他的な行為に出るのは否定するよ」という補足のためにここにいたるまで書いていました。
もし勘違いであれば本当に長々と時間をとらせてしまって申し訳ないです。
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誤字を見つけては書き直してるので何度も書き直してそこは本当にごめんなさい。
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返信先metamix
一応なんですが、私は否定的な行動に出た人たちを肯定しないと繰り返し表明してますし、彼らの理屈を代弁する立場にないですよ。
「叶姉妹や小林幸子と比べて、真木よう子はこういう理由でコミケに参加してはならない」という主張はできません(そう考えてないので)ので、そこはご了承ください
 
イベントへの理解が若干ふわっとした、けれど大きな人気をもつ人が、大々的に参加を表明したことで生じる「うーん、当日の混雑は大丈夫かな…?」という気持ちはわかるというだけです。
具体的な対策についても、(これも繰り返しになりますが)おっしゃるように当日までに助っ人を呼べばよかっただろう、くらいの思ってませんし、おっしゃるような経緯や理屈の面でこうすればよかった云々については「そっすね」くらいしか意見ないです。
 
>オタク陣営の支持を集めている記事の中に
あのー、「陣営」ってなんでしょうか?
水龍さんの記事は水龍さんが事態を俯瞰し読み取り、ご自身の考えをまとめたもので、それ以上でもそれ以下でもないです。
私個人は「外圧めんどくさいよね」という点では同意をしますが、一つ一つの価値観に同意しているわけでも、太鼓判を押したつもりもないです。
私見では、同人文化に関わる人でも「どうかなー」と見てる記事じゃないですかね?
 
>何故真木よう子にそれが出来ないと言い切れるのか
言い切った人にIDコールするかハイクするかして、この文章のまま聞くといいんじゃないでしょうか。
 
>批判を浴びせている人の言動の中にどうしても「本音」
うーんと、にじみでるっていうか、そういう人たちは「こっちくんな!」というもろな本音の発露をしてるのでは。
にじみでるもなにも正面から開示してますよね……?
そういう人らへの私からの意見は、前の記事にもあげているとおりです。
http://b.hatena.ne.jp/entry/344118398/comment/natukusa
 
主旨がよくわからんのですが、さきほど上げた増田記事も、私も、
「理念には賛同しているが、拒否感もある」
「拒否感があることは理解も出来るが、理念に賛同している」
という点でおおむね一致していると思います。
 
こういった拒否感と受け入れたい気持ちが同時にあって、その上で同人文化を愛することは「意見が割れる」「コンフリクト」で、そこで懸念を表明すれば「ただの卑屈な追い出し」になるとお考えでしょうか。
もし「そうだ。外野から見れば全部一緒だ」というお考えであれば、自分で書いた言葉を早速コピペしますね。
”知らないから十把ひとからげに語ろうとするんだろうし、なに言われてもそういう人たちは考えをとめませんけど、イラッとするのは抑えられないからこそあのコメントです。”
 
metamixさんの言葉からは「不安に思えば見透かすぞ。その気持ちをなくさない限りは閉鎖的だ」とおっしゃっているように聞こえます。
裏腹な心中を抱えたまま前向きに検討している人たちも多くいるのだ、とは繰り返しお伝えしたとおりです。
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返信先metamix
列整理についてはいただいたコメントの「それは準備会の仕事でしょ。」を読み違えて
「すべてを運営の責任にするのはいけないでしょ」と長々書いてしまいました。
失礼いたしました。
 
>今この段階でそんな事を話しても仕方がないと思います。
 
おっしゃるとおり、イケるかもしれないし、イケないかもしれないという状況ですよね。
ですので「これはイケないかもしれないなと見積もる」も「イケるでしょと見積もる」のも良し悪しはないのでは。
 
保守的な思考の人は前者で、もちろんその思考を元に排他的な言葉を投げかけたことは、私も肯定的には受け取れません。
ただ、最初に上がった排他的な空気に対して、同人者自身から気持ちを汲みつつ批判も多くありました。
 
真木よう子のコミケ参戦はコミケの理念に反していない
https://anond.hatelabo.jp/20170828024450

ですが、批判の中にある「難癖だ」「ムラ社会だ」などという言葉は、真木さんに向けて行われた実行への批判をとびこえて、
「混雑や混乱が見込まれるだろう、ではどうするか」
「排他的な気持ちになるのはわかるが、受け入れるにはどういう心構えでいるか」
という前向きな考察が、そういった感情を元になされていることも、ああいった批判は無視しないでしょうか。
 
もちろん、向こうからすればそんなもん知らないんでしょうし、知らないから十把ひとからげに語ろうとするんだろうし、
なに言われてもそういう人たちは考えをとめませんけど、イラッとするのは抑えられないからこそあのコメントです。
 
 
>そういうのは全く問題にされませんよね。そういうところが気になるんですよね。
 
これは同人全般への認識が違うところだなと感じてます。
認識というか程度や視点、語彙の問題かもしれないですし、それはおかしいという意味じゃないですよ。
 
大きな騒動になっていないことが不満である、ということかもしれないですが
この話がここまで縦横無尽にいろんなクラスタに刺さってあっちこっちで話題に上るのは
真木さんが現役で活躍する芸能人でありマスメディアが取り上げた点がもっとも大きいかと思います。
 
コミケがマスメディアに取り上げられることはあっても、あそこのサークル今回やばいんじゃないのとか
あのスペースのあのサークルが行列決壊させたぞとか、って普通マスメディアは取り上げませんし。
 
FgoCM原画集がコミケ後aniplexで通販開始になったけどこれいいの?ってはなし - Togetterまとめ
https://togetter.com/li/1140785
 
またちょうど今夏はこういうネタは相当話題になっていました。
新規参入による混雑と、企業(とおぼしき)のサークル参加の問題は異なりますが、
「我々の場が場が荒らされるのでは」という反発という点で近しいものがあるんじゃないかと思います。
 
>ちょっとでも混雑をさばききれなかったり周囲とトラブル起こしたサークルには
>「名指しでぼろくそにいう」のが古くから伝わる同人界隈の慣わしでして、
>誰でも平等に叩かれる素晴らしい社会ですよ。気が滅入るね。
http://b.hatena.ne.jp/entry/344052719/comment/natukusa
 
これは自分のコメントですが、割と常にずっと「平等に叩かれる社会」じゃないですかね? 同人界隈って。
もちろん「平等に叩かれる社会」の賛美ではなく、そういうのイヤだな~っていう皮肉ですけども。
 
>熟練者でもロクにコントロールできていないことを新規参入者にだけ厳密に求めるのはアンフェアじゃありません?
 
サークルさんか経験がおありならわかると思うんですが、熟練者で注目を集めるサークルであればあるほど、
現場を仕切る能力はもちろんのこと、「ロクにコントロールできていない」ことがあれば、あっという間に「やらかした」といわれてないですか?
なんなら、やらかしてなくてもあーだこーだいわれてますが。
 
新参とはいえ初回から壁サークル相当の人気が見込める人に、壁サークルが日頃求められてる耐性レベルが求められたからこそ、今件も発生したんじゃないでしょうか。
それはある意味「フェア」なのでは? まったく気の滅入る話ですけども。
 
これはただのぼやきですけど、この話は、我々がいま背負ってるものを脆弱な新参者に原液で投げつけたから起きたことで、
そもそもそこで投げつけられたものって日頃から同人界隈でとぐろまいてるものだな、とも思うのです。
 
私からすると、真木さんの件は同人界隈ではよくあることの規模が大きい版だったな、と考えています。
その上で「規模の大小によらずこういうのほんとやだな~」って気持ちでいます。ただ見限るほどにはまだ絶望してない、というだけで。
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id:metamix さん
ブコメじゃ足りないのでハイクに書きますね。
 
まず私は、おそらくmetamix さんが感じているのと同じように
真木さんのコミケ参加に関して「あれほどまでに周囲が排他的に迫る必要はなかった」と考えています。
 
IDコールをもらったブコメの最下層の私のコメントも、
まずそういう意図があって「我々は追い出していない」というまとめ主旨につっこんだものです。
 
>くろくまさんがピックアップしてる意見は「コミケ以外でやれ」が結論なので、
>これを真に受けるなら出て行くしかないし、
>むしろちゃんと読んだ上で今のこの決断なら「勝手に出て行ったんだ」は無理筋では。
http://b.hatena.ne.jp/entry/344118398/comment/natukusa
 
それを前提にしつつ、それでも参加者が
「初参加で混雑対策は大丈夫だろうか、と不安に思う」ことまで私は否定しきれません。
けれど一連の反応をまるごと「オタク村の難癖」という一部のブコメには
一方的な無理解を覚えてどうしてもイラっとする、というのが私の心中です。
 
>いや、無数にある壁サークル一つ一つに対していちいち列整理大丈夫かとか心配したりします?
 
いや、しませんか?
metamixさんがコミケ参加経験あるかどうかは存じ上げないのですが、
「あそこのサークル、今回が初めての壁配置だけど人手足りてるかねえ」とか、
「あそこのサークル、商業作品がテレビアニメ化したしいつもより行列増えそうだね」とか、
コミケ(だけじゃないけど)における参加者同士の井戸端会議の定番だと思っています。
 
参加したことがなかったり、深く関わったことがないならピンと来ないかもしれませんが
ちょっとでも長く参加していたら、
サークルの混雑対策話は「今日の天気は」レベルで交わされるネタである、
というのが個人的な感想です。
 
各サークルの混雑対策は原則的にイベント運営の領域ではなく、
サークル側が用意するものでサークル側の責任で行うものなので
それこそ天候ばりに「ふたを開けてみるまで分からない」んですよね。
 
https://twitter.com/Strangestone/status/895804122603020288
これはこの夏の壁配置サークルのスタッフ写真ですが、
コミケ運営のスタッフ腕章をしていないのがわかるでしょうか。
つまりこれ全員が、このサークル主さんがツテだなんだを使って集めた人員です。
 
また運営は運営で「混雑しそうだから、周囲が広いここに配置する」という形で混雑対策をしています。
逆にいうと、運営が常態で行う混雑対策の主なところは「配置を考える」です。
(実際には共有通路の確保や巡回なども大きな領域ですし、
 『突発的に』『予期できないところに』生じた混雑には
 臨時で人を配置するという話も聞きますが、常務ではないという認識です)
 
基本的に行列・混雑対策は各サークルのさい配で行うもので、
時に読み切れずに現場に混乱を生みます。
十数人レベルの列がさばけず決壊しても、あの場ではまあまあな混乱が生じます。
 
コミケ(だけじゃないけど)の参加者にとって
「あそこのサークル、人がさばけず混雑していて周りに近づけないし、通路も使えないよ」というのは
「天候不良で電車が遅延しちゃって会社に遅刻するな」くらい身近で、高頻度に起きてます。
 
ただし、metamixさんの想像されている内容とはおそらく異なると思いますが
「当選したあかつきには、適切な手段にのっとって運営にも相談した方が良いだろう」と思っています。
特にコミケの場合、あらかじめ混雑が予想されるサークルは
事前に「うち混雑しそうです」と申請するシステムがありますので。
  
また、いまや本職芸能でこれほどコミケ参加している人が多いのだから、
そっちの伝手に頼って詳しい人をあてがったほうがよい、という主張にも同感です。
でもそれもやっぱり「当人が」行うことなので、仮に参加することになっても
当人がうまく立ち回れなかったり、当日までに用意ができないのでは?
という懸念はその瞬間まで参加者の頭の中に常にあります。
(ただし、これは芸能人に限らずコミケに参加する人すべてが背負っている懸念ですが)
 
芸能に限らず出版のメジャー市場で活躍する作家が気まぐれにコミケに初参加し
準備不足で混雑するのもそう珍しい光景ではありません。
テレビに出るような著名人レベルでなくとも、そういった混乱は生じます。
ノウハウやシステムも豊富ですがそれも完ぺきではないです。
以上の事から、混雑対策について現地の参加者と関係者は特に気を配ることは
ごく当たり前の心理だと思っています。
 
繰り返しますが、これらの実態を理由に
今回の真木さんに対して排他的になった人たちの事は肯定しません。
また発端になったまとめ記事の主旨にも、前述のブコメのとおり納得していません。
 
しかしそんな背景があることもあり、ブコメの最下層でスターを集めている多くのコメントに見受けられる
「ムラ社会だ」「難癖だ」という物言いには
現場の参加者であれば大なり小なり「実地にのっとった不安がある」ことまで否定されているようで
どうしても一方的な無理解を感じている、という心中です。
 
(上記はmetamixさんのされた発言ではないと認識していますし、
 コールをいただいた内容に詳しく返答することがこの記事の主旨であり
 metamixさんになんらかの行動をしてほしいという意図はここにはありません)
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返信先natukusa
 
https://www.tbsradio.jp/utamaru/2015/06/post_897.html
 
※※引用ここから※※
ーーインタビューを始めます。最初に伺いたいのは本作における女性の役割についてです。それについては幾度となく尋ねられたと思いますが

ミラー監督 気にしなくていいですよ 

ーーあなたがいつも自作で女性をフェアに描いてきたことは知っています。
たとえば『ロレンツォのオイル』のスーザン・サランドンはとても強い人物として描かれている。『ベイブ都会へ行く』のおばさんは〈サンダードーム〉的な戦いを繰り広げます。
だから、(巷間言われるように)『マッドマックス/怒りのデス・ロード』における女性の描き方が、これまでのあなたの作品と一線を画すものだとは思わないわけです。

ミラー監督 面白いね! 自分でそういうふうに考えたことはなかったなあ。
※※引用ここまで※※
 
このインタビュー全文は本当にこの3年間、折に触れて読み返してるんだけど、ここのくだりについてはインタビュワーの高橋ヨシキさんがものすごく慎重に言葉を重ねているのが印象的で。
何かを革新的だと評価するとき、じゃあそれ以前までのものにその革新性って本当になかったか? 経緯や周辺状況を調べず安易に評価してしまうことは、結果的に「昔はこんなものなかったけど、これによって生まれましたね」という意味合いで後々伝わってしまわないか? それはなんなら暴力的でさえないか?
そういうことを、読んでるこっちにも問いかけられている気がする。
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一回ブコメに書いたけどまとまらなかったこと、長めに書いて書いておく。
 
ここ数年のSNSでポリティカルコレクトネスとよくみかけるようになったの、自分の観測範囲ではアナ雪ベイマックスズートピアがヒットしたときに「面白い!しかもPCの観点からもすばらしい出来だ!」と褒められてたときかなと。
この場合のPCは原義よりもっと広くて、現代レベルに即した多様性の確保、マイノリティへの正しい理解、反差別あたりを指して使われていたと思う。
それ以前にももちろん映画まわりでも用語として使われていたけど、そのころは「PCに配慮していては面白いものは作れない。売れない」という意味合いで使われてること多かった。
 
いまでは一転して「PCを*使っても*儲かる作品は作れる!面白い作品は作れる!」という空気が強くなってるのは肌で感じる。
発端はPCという概念から始まって、それまで注目されていなかった切り口や視点、文化が掘り下げられて新しく魅力的な物語が生み出されるのは実証できたし、文化の多様性に新たな側面を生み出すという意味では私も歓迎しているよ。
 
でも空気が強くなるあまり「すべてのものにこの概念を取り入れるべき!」に飛び出す意見をみることもあって。今の空気やシーンを知るのに必要なものだとは思うけど、全部同じ味付けになってもなあ。
それと、目立つ作品群は舶来品であることから、単純な舶来品信仰:国産品への過剰な卑下にも結びついているんじゃないのか、同じもの扱っていても舶来品がよくて国産品はよくないといわれて評価してないか、そういう危うさも感じる。
あとこの場合のマイノリティ理解つっても、欧米の白人文化を中心にすえた視座から見たマイノリティなので、ふっつーに日本含むアジア圏も範疇だよねっていう。
 
なにより、反差別やマイノリティ理解というとてもとても根深い問題を、商業主義的に消費していいのか? という危惧もある。
ディズニーはこの方針でここ数年は儲けているけど、モチーフとして飽きられて儲からなくなったとき、一転して超保守的なもの作るんじゃないか?
「儲かるからから支持する」を重視していたら「差別は儲かる」が発見されたとき、それを否定できなくなるのでは? と、そういうことがどうにもちらついて頭から離れない。
人間をもっと信用しなさいよと言われるのかもしれないが、信用したいからこそ「これってどうなの」といわずにいられないんだよねえ。
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ゆらぎ荘の『巻頭カラー』の話があちこちに飛び火して、まあそれなり見聞きしていますが、日ごろの読者が「ちゃんと読んだら良さがわかる」という主張に頷く一方で、
「内容で判断するから問題ない」とはつまり「面白くないマンガのエロは下劣である」に通じない?大丈夫?エロなめてない?
 
あと「主人公は女性に対するハラスメントは嫌いなのに巻き込まれている被害者だ」というのも、基本的に女性陣もスケベなことがあれば怒ったり悲しんだりしているので、
登場人物の誰もが嫌だと思う行為が自然現象的に巻き起こるせいで毎回みんなが嫌な気持ちになる地獄みたいなマンガである、ってことに通じませんかねそれ。
そういう認識で読んでて楽しいか……?
 
この話を突き詰めるとレイプレイ騒動のときみたいに、内容の良し悪しで判断することは「悪い(つまらない、みるところがない)作品だから規制されてよいこととする」に通じないか? という懸念がどうにもちらつく。
 
ファン同士が作品の好きなところを交換しあって意欲を高める、エネルギーを蓄えるのはとても大事なことだけど、好きなところ、好きであることそのものが突破口になることってそんなにないよな。
あえていうなら数の勝利、支持者が多いから市場原理で継続するというそういうやつくらいか。大事だし強力だけど意味を問うことを吹き飛ばす、身もふたもない理屈の勝利だなと思う。
 
個人的な気持ちの話だけど、日本トップクラスの認知を持つWJというブランド内で一定の評価を得ている作品でさえ逆風が強いのに、
レイプレイ騒動の頃(09年)より明らかに市場そのものが減少し弱っている美少女ゲームが同じような問題が起きたとき、たぶん立ち向かう体力も、支持者の数もそんなに多くはないだろうなあって予感がある。
(市場そのものが小さく、メーカーも余力がないので過激なもの作りにくいし、注目する人もいないから問題視もされないよ、っていわれりゃそうですけども)
もしあれば、論そのもの是非や強度ではなく、単純な市場原理、数の問題を理由に「別になくてもいい」という人が増えてんのかな。悲しい。
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うううう星もらって置いてなんなんだが自分で書いたながらに消したい……でも左門くんはサモナー最終巻は来月4日発売で全10巻の予定です……

なんかねー、正直ねー、「こういう描写がない(少ない)からこれは安心ですよ!」と言って作品勧めることにすごい抵抗あるんだ。やっちゃうけどさ。
たぶんねー、「ないから安心ですよ」説明ってそれ自体が魅力や面白さの説明じゃないし、「これがない」というのも特に連載作品だといつ覆されるかわかんないし、そもそも「ないことの証明」ってできないじゃんねと。
だからできるだけ「これはある」もので面白さの説明したいけど、でも人によって受け付けないものもあるから、不確実ながらに「これはない(と思う)」という説明の仕方も必要だしー……といつもグダグダ迷ってる。

ところで左門くんはサモナーってよくラブコメ扱いされるし実際フォーマットは完全にラブでコメディのそれなんだけど、でも主人公たる左門くんにはすでに恋人がいるし、一番親しくて心が通じ合ってて失くしたくないと強く思う男友達もいて、じゃあもう1人の主人公たるヒロイン・てっしーと左門くんてなんなのさ?って曖昧なままで進むし先日そのまま完結しました。全10巻です。最終巻は8月4日発売です。

左門くんという漫画が好きになったの、ちょっとだけ美少女ゲームや乙女ゲームの文法を感じたからかもしれない。
謎多き少年をヒロインが少しずつ経歴や人格を明らかにして、左門くんという人間の物語を読み進める感じって、自分の中ではギャルゲーだし乙女ゲーなんだよね。
ゲームでは結果的に親密な関係に着地することが多いけど、究極そこがゴールではないからなあ自分の場合。
いや誰かがイチャイチャしてるの見るのは楽しいですし、左門くんとてっしーの在り方も最初は明らかに加害者被害者のそれだが、そのうち傍目には「いちゃついてるよなどう見ても」になってくのよね。
ああでもそんな構造も人から見れば「悪戯行為を助長しかねない」と言われるかしら!?そういうのダメな人はじゃあ無しで……ってこういうフォロー入れる感じが自分でやってて嫌なんだよ!!!!!

左門くんはサモナー第10巻は8月4日(金)400円+税で発売です!!!!!
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主人公がヒロインのお風呂を不可抗力で覗くことになっても、主人公が混乱し呆然として画面に裸を一切描かず、その後ちゃんとヒロインに事情を話して謝り、
男女で露天風呂に入るイベント発生しても男性陣が一切覗こうだのなんだのやりとりせずに普通に風呂に入り、
それでいて10代少年少女における恋心や友情とかを描いた週刊少年ジャンプの連載マンガ「左門くんはサモナー」最終巻は8月4日発売です!!!!!!!!!
 
女の子に「恋人になりましょう」といわれても「僕は友達になりたい。恋はよくわからない」とはっきり切ったり、それでいて友達相手には忠義を尽くし、
先述のとおり女性のエロに行き当たっても過度に前のめりにならず、ときに「処理不能な現実」としてフリーズするとか、
ジャンプのジェンダー観というか、10代少年の描き方という点でいま左門くんの存在はずせないと思うんだけど、その視点での言及されない存在感が寂しい。
「いや当たり前じゃん。そういうものでしょ」といわれても、少なくともマンガの中の「少年」て本当に「そういうもの」として描かれてた?ってね。
 
別にそういうの考えなくても読んでいて面白いマンガなんです本当なんです。最終巻は来月発売です。
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ホットな話題のはてブ改修なんですが、アプリやスマホブラウザ版はずっと前から「お気に入り」機能の導線が低かったり、なんなら主要ナビゲーションになかったりして、ついにPC版もそれにならってしまってるのがなんだか印象的。
 
ソーシャルブックマークサービス自体が「みんなとしおりを共有する」から始まってるのに、「みんなのしおりを見る機能」の優先度が、いま低いんだねと。
じゃあいまのソーシャルブックマークに求められてる機能はなんなんじゃろ、そこんところが最近よくわからなくなってきている。
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佐倉色 『とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話』を発売日に買った私が通りますよっと。
 
発端の事件は炎上中に話題になっているのを見てたので覚えていたし、たぶんツイッターの広告か何かを見てその日に発売されていることを知り、電子書籍で買ってたんですわ。そんでねとらぼの記事が公開される前の土日で読み切ってた。
あとから気づいたけど買ったお店がブックウォーカー(KADOKAWWA直営の電子書籍店)で、流通の問題だからそんなもん内容なり作家なりに関係ないんだろうけどちょっとびっくりした。
 
全部読んだ人みんな言ってるけど「コワイ話」だよねこれ。
試し読みでも触れてたとおり、作者は両親とはいろいろあって疎遠で、祖母が亡くなり親代わりの祖父と二人暮らし。趣味でマンガを描き始め、やがて本職もちつつ仕事でも漫画を描き始めてて、会社の上司や祖父に話はしていてもアシスタントはいないし作家友達も生まれない状況でスタートするわけですよ。
マンガを描くといっても基本的に作業面でも誰に頼るわけでもなく一人で進めるし、出版社とは遠方の地域に住んでいるので担当編集ともほぼ電話でのやりとりしかなく、画面には基本的に作家一人のコマがほとんど。
担当編集の言動に納得がいかなくなっていき、しばしばおきる実害も重なってストレスが溜まって、ついに色紙のくだりが現れても、やっぱり一人なんですわ。
 
>私は自分の味方になってくれる人程
>「迷惑をかけたくない」と頼る事ができなくなる質(たち)で(第7章 196ページ)
 
>同業に気軽に相談できる程 仲のいい人もいない…
>親友にもマンガの事教えたくない…
>漫画家ってことを秘密にして貰う時に親友にうそをつかせるのが嫌…(第7章 197ページ)
 
作者からみた担当編集=ボーノ氏の存在、この本におけるボーノ氏の役柄というのは、極端にいえばジェイソンとかフレディみたいなもんだと思っていて。「自分(主人公)にはない理屈で動き、けれど自分に害を及ぼしてくる存在」と思うと、ホラー映画におけるモンスター役そのものだよね。
序盤は日常から少しだけ違う世界(マンガ業界)に入り込み、ほんの少しの違和感があっても「気のせいだろう」と見過ごし、そうこうしているうちに理解不能な存在の介入により、決定的な恐慌状態に陥る……というのは、まさにホラーのあらすじだろうと。
 
そういう意味で個人的に最高潮だったのは、終盤で事態が暴露され編集長や企業を巻き込んでの話し合いになったあたりで、担当編集がSNSに張り付いていたくだりとか、とあるファンレターだけ送り付けて……というくだり。
とくに後者の「うわ!!!こわ!!!!!」感はマジ最高と思ったんでみんなに読んでほしい。そんで「こわ!」って言ってほしいと一読者思う。

実際にあった話をホラー映画のように消費するなんて!という声もあるんだろうけど、大きな事故の再現ドラマに稀有なスリルにドキドキしながらみるとか、企業や政治の不正に手を染めてしまう人の心理を怖がりながらも目が離せない消費の形態というのは、世の中には絶対あるわけでしょう。
この本はその一つだと私は思ったし、そういう本であれという作り手の意思もタイトルの「コワイ話」にも表れているんじゃないですかねと思う。
 
そう楽しみつつ「事態を描いた出版物」としては、まずなにより作者が当事者役で実在する事象を描く以上、エッセイというものはまず絶対に「その人の視点でこの事態を見る」ことが大前提にあると思う。仮に書き手がどれだけ客体を心得ようとも、バイアスありきのメディアなのだよなと。
でも客観的に(これも曖昧な定義だけどさ)みてこの事件の本当の肝はなんだったんだ?という気持ちで手に取るにしても「客観的な事実に基づいてない!」と憤る読者がいるなら、「手に取る本を間違えてる」もしくは「読み方が違う」と私ならいう。
これは誰かの視点を借りて、とある一点からその事態をのぞき込むための本で、全容を見るための本じゃない。全容を知りたいというなら、もっと別の視点を読者自身が仕入れなければならないわけで。
そういうことは、事前にも頭に入れながら読んだし、読み切った後もその意見は変わっていない。
 
>マンガ業界というものをまるきり知らなかったからだ
>だから回避もうまく付き合う事もできず なぶり殺しにされてしまった
>そこに私の過失がある(第8章 205ページ)
 
この本には、出版社とトラブルで心身を疲弊した作者が、なぜ今この本を商業流通で出しているのか?というミステリー要素がある。
それはもう「信頼できる出版社と編集に、作家が出会って契約したから」なわけですよ。その一つの結晶がこの本でもあるし、現在も連載している作品のことでもある。
その出版社や編集者さんたちには「私は暴露するような作家である」と自ら伝えて(これも作中描かれている)、そのうえで佐倉さんの今がある。
 
細かい経緯は書かないけど、この本を一通り読むと、出版社と編集者と作家の関係の「光と闇」「裏と表」を描いているのがわかる。
もちろん局所的に名前の出ている企業や個人についてはその限りじゃないけど、でも「業界」「文化」というものには佐倉さんの視点において絶望の谷底だけじゃないと、この本の存在自体が伝えていると思う。
 
んで、業界や文化全体についてはオチつけて描いていても、事件の実態、関わった人たちが本当はどのような人物で、実際にどういう言動をしたのか?という検証は、この本の読者がこれから行うことなんじゃないですかね。
「作家と編集にトラブルがあったらしいぞ!」といってこの事態に飛び込んで、この本を読み「本当はどうだったんだろう?」と思ったのなら、KADOKAWAはじめとした作家とは違う視点でこの事態を見た人たちに取材し、データを集め、かみ砕き、公開したいのなら各々が記事にすることが本来の手段でしょう。
もちろん描かれた当事者が「本当はこうじゃなかったです」と公開するのもまっとうだし、名誉にかかわると思ったら怒るのもいい。それがまた「やっぱりそうじゃないですよ」と掘り下げるのも必要なことだよ。
 
そもそもが「告発」から始まった話なのだから、本来であれば、見識を深め、正しく広める事とは本来歓迎すべきことだし、それを理解した行動なら作り手側も歓迎して協力しようって思うんじゃないかと思うんだけどな。
 
 
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本旨からずれると思ったんでいったん切ってから話すんですけど。
ボーノ氏の存在について一読者の私は非常に心を痛めながら、彼の言動や作家が彼に注ぐ視線を見てました。
 
というのも自分もこの人種なんだよな~~~~~~~って自覚があるから。
たぶん、ここまで、ひどいことはしてない、とおもう、けど、でも、同じような注意は何度も何度も周りから言われ続けて生きてきたので、「ああ指摘する側の人はこういう気持ちなのだろうな」と思いながら、そんなストレスをかけてしまったのだと吐きそうになりながら序盤は読んでました。
 
終盤にかけて完全にサイコホラーになっていくくだりも、これ担当編集からすれば「これをみてくれたら心がえしてくれるかも(まだ責任回避できるかも)」くらいの気持ちなんだろうなって。そこまでくると完全にアウトだけどね。
 
誰かがひとりが極端に劣っているとか、誰かになんらかの疾患があるとかじゃなく、この話で一番悪かったのは作家と担当編集の仕事スタイルの相性だったんじゃないかなあって。
 
>「判断できないほど 精神的に参っていたから仕方ない」は他人が私にかけていい言葉で
>私が言い訳に使っていい言葉じゃない…(第7章152Pより)
 
>その中でずっと応援してくれた読者の方に
>「先生…僕くやしいです」
>といわせてしまった事がいまだに忘れられない
>こんなに傷つけて…私もボーノ氏と同じくらいクズだな…
>公にせずひたすら耐えるべきだったかもしれない…(第8章 192ページ)

この本自体が作家の一人称による振り返りで、作家側の反省や後悔も色濃く出ているだろうということは鑑みても、でもこんな言葉が出てくるくらいに佐倉さんは社会的な責任感やの強い人なのだろうと思う。マンガ化する前は自分で起業してたっていうしな。
 
そんな精神面でカチッとした人が、ボーノ氏みたいな(本人曰く「いらん嘘をつく癖がある」)対人関係に必要なものが緩い人と噛み合ったら、そりゃ一方的にストレスあるしそうなれば悪い方向に転がっていくことだってあるだろう。自分で書いてて本当につらい。
natukusa

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コンビニのエロ本話、前に見た覚えあるエピソードだなと思ってずっと考えてたんだがあれだ、コンビニ店長のブログじゃなかったっけ。
棚におくもの考えてたら共同経営者でもある奥さんが「トイレ前にエロ本売り場があると女性は近寄りがたい」といわれて、自分のとこには設置しなかったという。
当事あれ読んでなんて思ったかブコメだけでもみようと検索したけどでてこなーい。ブクマしてなかったっけか……?
 
コンビニエンスストアは社会にあるいろんな商品や市場の最大公約数だからそこにエロ本だって社会に出回る商品なのだからそこに含まれるのは当然だけど、
コンビニエンスストアは全方位の消費者を受け入れるゆえに、高い公共性を求められて刺激の強いものの排除を求める現象が起きるのもまた当然なのだな、とかいうことを考えている。
 
おむつ云々はともかくとして、コンビニにエロ本置いてほしくないなーって考えてる人にとっては、前述のコンビニ店長みたいなエピソードって喜ばれるのかもなーと、いろいろ追いかけてて思った。
 
「そういう客が存在しているんだぞ」という表現は個人的にはあんまり好きじゃなくて、というのも「ほしがる客もいるんだぞ」と衝突して対消滅するか現実には声のでかいほうが勝つからいかに声をでかくするかで揉める言葉だよなと。あのまとめとその周りにもそういうとこあるでしょうよ。
「そういう客が存在しているんだぞ」というよりは、もっとこう根が深いというか、「決定権を持つ人の考慮対象にさえ入ってないのではないか」という不安なんかなと。
刺激の強い本棚があっても興味ない人は無視するだろうくらいにしか考えてなさそうで、存在することで特定の人を避ける効果さえあるだろうまでは至らないことが悔しい、みたいなものが根にある……のかなーというのは、いろいろ話を追いかけてて思った。
 
とまでは脳内でトレースしたのだけど、それで自分はこうだ!とかは今はない。上手くまとまらない。心理面や理路としてはわかるけど、実践として落とし込むには自分の中では「うーんでもなあ」って気持ちがどーにもある。
たぶんそこは、たいていの場合セットで掲げている解決手段がゾーニングであり、それが一番「穏当な」解決手段であるくらいに思ってそうなところが、今度はこっちの心理面で不安になる。
 
今から首を絞めますけど苦しいと思うから素材は真綿にしますね、といわれてるような感じ。いや首は絞めとるやないですか! 首を絞めるないうとるんですよ! でもあんたの首を絞めなきゃこっちが息していられないんだよ! みたいなやりとりずっと繰り返してるような、そういう図が浮かんだ。
natukusa

natukusa id:natukusa

ちまちまと発端になった人やツイートなどをさかのぼってるんだが、なんというか、空中戦になっててさっぱりつかめん……
論の中身の軸足がみえなくなってきてるから、お互いに相手の存在が目標になっちゃうのかなあという気がしてきた。
natukusa

natukusa id:natukusa

返信先natukusa
規制反対運動をしながら、どんどん敵を増やしてる人たち
http://anond.hatelabo.jp/20100320235739
 
これ思い出した。
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