id:nodada
http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/world/news/120522/amr12052208590000-n1.htm
野獣先輩は知らないけど、本当そうだよなぁ。私もだけど、どいつもこいつもスティグマへの嘲笑を軽んじてやりすぎなのよね。何がこんなに軽くさせてるんだろう。
野獣先輩は知らないけど、本当そうだよなぁ。私もだけど、どいつもこいつもスティグマへの嘲笑を軽んじてやりすぎなのよね。何がこんなに軽くさせてるんだろう。
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私がイヤだというかソレは批判の批判の仕方としてどうなのかと批判するのは(←メタメタ)、男から女へのポルノという表象と並べられる暴力性への指摘が、まず並べてはいけないありきの結論から、暴力性を指摘するのではなく並べることが出来ない前提から一切動かない態度そのもの。
私も本来ならそういう類推できない部分の指摘は大事だと思うけど、ポルノの表象問題は男女の非対称だけの問題とは言えない側面も持つし、男から女という構図からジェンダー以外の多数派・少数派の構図を想起することは出来るのであって、「類推の暴力性と付き合いながら、繰り返されてる歴史はないか」といった態度が生まれそうにない同列化を拒む態度にいわば問題の本質化やシングルイシュー的な危うさを感じた。
私も本来ならそういう類推できない部分の指摘は大事だと思うけど、ポルノの表象問題は男女の非対称だけの問題とは言えない側面も持つし、男から女という構図からジェンダー以外の多数派・少数派の構図を想起することは出来るのであって、「類推の暴力性と付き合いながら、繰り返されてる歴史はないか」といった態度が生まれそうにない同列化を拒む態度にいわば問題の本質化やシングルイシュー的な危うさを感じた。
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・・・マジごめんなんだけど、もう一回「読まずに表現形式まで批判をした」って批判がくるまでのツイートをさかのぼったんだけど、必ずしも左翼BL活動の批評性にまで踏み込んでるといえるのか微妙そうな気がしつつ、だけどそう読めるなぁという曖昧な感想がやっぱり出てきて、ちょっと説明しづらい。
>@kuriryu: 被害者が「(加害者=)左翼男性がからかわれただけでは納得しない」のは自然なことで、加害/被害をパロディで描くことだけでは解決も被害からの回復には至りませんからね。
で、「やおいですね」という発言を指すというより、「描くこと」、つまり描き手への言及と取れるし、https://twitter.com/#!/watarloo/statuses/199782723030761472と本人も認めてるわけですしね。
とまれ、そもそもここら辺の議論は見ての通り、@kuriryuさんと議論してる文脈上での話だったわけで、ここらへんの議論が分けられずに混じってその後余計にぼやけた論争を生んだような気もします。
ただ、コレは発端の「やおいですね」ツイートというから、表現が巻き起こしてる現状を(正に)憶測の上で言及したことで、たとえば「コレは仮定の上で語ることですが、流通の様子を見た感じ、この活動の背景には~~という恐れがあるのかもしれません」くらいのこととして触れるのは私は間違った行為とまでは思えません。
そういう懸念には「そういう可能性もあるかもしれないし、あるとしたら気をつけたいが実際には~~なんだ」という答えが返ってくるかもしれませんよね。今回は残念ながら批判を批判し返すほうもそれなりの憶測はあったかもしれませんが(たとえば、「からかい」だと評するのは発端ツイートでのやり取りを見れば無理のない反応だし、それでもからかいだけではない可能性にも触れずにいた部分はあるにせよミソジニーやホモフォビアの可能性というのはあくまで可能性として、断定的に他者の内面を語るものではない)、そういう憶測に対してもちゃんと受け答えできる素地が私たちにはなかったということでしょうか。
あと、「他のやり方も含めたパロディ化が享受&消費される際に生々しい歴史の記憶から遊離した様を目にした時の驚きですので。」とワタルさんは仰ってたけど、BLという語を使うなという反応はあったものの、BLだけの話ではなく“他のやり方”と平行した問題提起であることが前景化しなかったことの理由は様々あると思います。
他のやり方と同じこととして言及してすら、BLやおいの語を指して批判をするなという極端な(私には極端に映る)反応がくるにはそれなりの背景があり、わたるさんもその準備ができてなかった点で議論するのはもともと難しいかったんだと思います。
>@kuriryu: 被害者が「(加害者=)左翼男性がからかわれただけでは納得しない」のは自然なことで、加害/被害をパロディで描くことだけでは解決も被害からの回復には至りませんからね。
で、「やおいですね」という発言を指すというより、「描くこと」、つまり描き手への言及と取れるし、https://twitter.com/#!/watarloo/statuses/199782723030761472と本人も認めてるわけですしね。
とまれ、そもそもここら辺の議論は見ての通り、@kuriryuさんと議論してる文脈上での話だったわけで、ここらへんの議論が分けられずに混じってその後余計にぼやけた論争を生んだような気もします。
ただ、コレは発端の「やおいですね」ツイートというから、表現が巻き起こしてる現状を(正に)憶測の上で言及したことで、たとえば「コレは仮定の上で語ることですが、流通の様子を見た感じ、この活動の背景には~~という恐れがあるのかもしれません」くらいのこととして触れるのは私は間違った行為とまでは思えません。
そういう懸念には「そういう可能性もあるかもしれないし、あるとしたら気をつけたいが実際には~~なんだ」という答えが返ってくるかもしれませんよね。今回は残念ながら批判を批判し返すほうもそれなりの憶測はあったかもしれませんが(たとえば、「からかい」だと評するのは発端ツイートでのやり取りを見れば無理のない反応だし、それでもからかいだけではない可能性にも触れずにいた部分はあるにせよミソジニーやホモフォビアの可能性というのはあくまで可能性として、断定的に他者の内面を語るものではない)、そういう憶測に対してもちゃんと受け答えできる素地が私たちにはなかったということでしょうか。
あと、「他のやり方も含めたパロディ化が享受&消費される際に生々しい歴史の記憶から遊離した様を目にした時の驚きですので。」とワタルさんは仰ってたけど、BLという語を使うなという反応はあったものの、BLだけの話ではなく“他のやり方”と平行した問題提起であることが前景化しなかったことの理由は様々あると思います。
他のやり方と同じこととして言及してすら、BLやおいの語を指して批判をするなという極端な(私には極端に映る)反応がくるにはそれなりの背景があり、わたるさんもその準備ができてなかった点で議論するのはもともと難しいかったんだと思います。
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あまりに議論が肥大化されたので当初から話を追ってきたはずの私でも整理がおぼつかないのだけど、結局左翼BLに刺激されたツイートを発端とするあの論争は、「実際の経験と記憶から遊離したように見える表象の扱われ方(からかい)に違和感を持った」という意見が、ツイートに見える「享受・流通」から左翼BLという活動の批評性にまで実際に踏み込む形で行われたことで「読んでないのに不誠実だ」という批判を生み、と同時に「からかい」「やおい化(←実際にやおい化なんだから間違ってはないんだが)」という語彙もあり表明は差別的だったと反発が起きた流れで、結局最初の違和感表明もお馴染みのBLバッシングであるふうに片付けられていくことで互いに不信感を募らせ、暴力性自体の否認も一部で伴い、答えの出にくい<表現と暴力>という大きくて難しい問題の定義や批評法に話が及んだことで更なる混乱を来たしてる・・・といった理解でいいのかしら。



