polynity はてなハイク市民 (銅 35日)

大黒学さんのエントリー

id:polynityのミニブログ

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意味不明短歌

めとでらす
めとでとこさぬ
めとでなぶ
めとでものたく
めとでろそかる
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意味不明短歌

なてななな
ななてなななな
なななてな
ななななてなな
なななななてな
polynity

意味不明短歌

かめそくた
そくたろさむて
さむてくる
てくるまぶれの
ぶれのかめそく
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意味不明都々逸

されも
たけごる
かてどむ
だねそ
らてこ
まれぼく
なべぞぬき
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意味不明短歌

もとそらん
そもごとろかん
ぼとろばん
とごのそこまん
ぞもとこどなん
polynity

意味不明短歌

えであみお
いさうとえぎあ
おもあがう
いたえみおばう
えしうのあだい
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意味不明短歌

みんどれび
かもせきかんら
そんそくま
はむりこくんぜ
かんるみなくた
polynity

意味不明都々逸

まりむ
めりもり
みりまり
もりま
むりも
まりまり
めりもりみ
polynity

意味不明短歌

まりかおぬ
たえこるおりて
すいれすた
ひらびかてあせ
るくおむどりな
polynity

意味不明短歌

たらてっき
べらすねらった
くねもっつ
なべどぬでれそ
ばったらごでむ
polynity

意味不明短歌

たりすもる
さまてかのげむ
べりすけま
とけでめてきか
もぜならかりり
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大嘗祭

自著の宣伝をさせていただきたいと存じます。

現在、大嘗祭について解説する文章を書いております。すでに完成している部分をネットで公開しておりますので、大嘗祭に関心のある方がいらっしゃいましたら、ご高覧いただけますと幸甚に存じます。

大嘗祭非公式ガイドブック
http://tutorial.jp/thought/daijou/daijou.pdf

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宗教多様性

宗教に対する信仰には二種類のものがある。対象となる宗教がフィクションであるということを自覚した上での信仰と、対象となる宗教が真理であると思い込むことによる信仰である。前者は健全な信仰であるが、後者は不健全な信仰である。なぜなら、何らかの宗教が真理であると思い込むというのは、その宗教によって何らかの自由を奪われた、一種の奴隷状態であるからである。

どれだけ多様な宗教が存在しているかという度合いは、「宗教多様性」と呼ばれる。宗教多様性を増大させることは、自分が信仰している宗教が真理であるという思い込みから人間を解放する効果を持つ。なぜなら、人間は、日常的に接している人々の宗教多様性が十分に高いならば、世の中には多数の宗教が存在し、自分が信仰している宗教はその一つである、という認識に到達すると期待されるからである。この認識は、自分が信仰している宗教はフィクションであるという認識に到達するための第一歩である。

宗教多様性は、人為的に増大させることが可能である。すなわち、多数の宗教を作り、これまで同じ宗教を信仰していた人々をそれらの多数の宗教のいずれかに改宗させればよいのである。しかし、宗教多様性を人為的に増大させようという試みの前には、一つの大きな障壁が立ちはだかっている。それは、宗教を作ることができるのは特殊な人間のみであるという、多くの人々が持つ間違った先入観である。

「すべての人間は教祖になることが可能である」という命題は、「万人教祖主義」と呼ばれる。この命題が真であるということを人々に知ってもらうことは、宗教を作ることができるのは特殊な人間のみであるという先入観を払拭する効果がある。したがって、万人教祖主義を人々に知ってもらうことは、宗教多様性を人為的に増大させようという試みの前に立ちはだかっている障壁を取り除く効果を持つ。
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イスラム教

駅に貼られている大学のポスターに、「シャリアに強い法学部」と書かれているのを見て、「最近は日本の大学もイスラム法を教えるのか」と感心したけど、よく見ると「キャリアに強い法学部」だった。
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Dropbox

Dropboxから送られてきたメールに、「たとえあなたのコンピュータがメルトダウンしたとしても、すぐに復元できます」と書いてあって、もしかして自分のコンピュータも原子炉を搭載しているのかと不安になった。
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polynity 大黒学

私は篆書が好きなので、神社の境内や街中を歩いていて篆書が視界に入ると、つい鑑賞モードになって立ち止まってしまう。先日も、大阪駅の構内を歩いていて新しくできた和菓子屋の前で足を止めた。看板に会社の角印が捺されていたからだ。その篆書は一瞬では読むことができなかったが、読めない理由はすぐに判明した。上下が逆になっているのだ。それに気づいてみると、左下から右上へ「有限会社×××之印」と読むことができる。印章を逆向きに捺してしまうというのはよくある失敗である。しかし、それに気づかないまま書画が人目に触れるというのは珍しい。間違いのある切手が高値を呼ぶのと同様、この和菓子屋の看板も、大阪駅の新しい名所となるに違いない。
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polynity 大黒学

真締川河畔を歩いていて、既視感のある立体作品に出会った。
長澤英俊さんの「メリッサの部屋」(La stanza di Melissa)。
鉄でできた7本の正四角柱を組み合わせた作品。
既視感の理由は、2009年に国立国際美術館で開かれた長澤英俊展にも同系列の作品が出展されていたから。
見ているだけではもったいないと思い、裸足になって作品の上を歩き回ってみた。パブリックアートならではの鑑賞スタイル。
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mimipann id:mimipann

返信先ぱんのみみ
リンク先にあるMasaoさんのエントリーを読んでみました。これを「議論の叩き台」とすることにつきましては、私も賛成です。ただし、「誰がケアされるべき弱者であるか」が「私たちの課題」となるかどうかについては、私としてはやや否定的です。「弱者はケアされるべきである」という一般論は否定しませんが、「誰が弱者なのか」を一義的に決定することは避けるべきではないかと私には思われます。それよりも、「誰が援助を受けるべき経済的弱者であるか」を一義的に決定することなく、所得のない人にも大富豪にも一律に現金を支給するベーシックインカムのような解決策が可能ならば、そのほうが望ましいのではないでしょうか。たとえば、「女性の社員は生理休暇を取得することができる」という就業規則を定めたとすると、「誰が生理休暇を与えられるべき女性なのか」を一義的に決定しなければならなくなりますが、私は、誰もが納得し得るような線引きは不可能であって、むしろ「社員は誰でも生理休暇を取得することができる」という規則にしてしまうほうが望ましいのではないかと私は思うわけです。
 
Masaoさんがリンク先のエントリーで書いておられる、「すべての社会運動は、『社会規範からの抑圧に対する抵抗』じゃね?」という意見につきましては、私は基本的には賛成の立場です。ただし、非モテを「社会運動」と呼ぶことには抵抗を感じます。少なくとも私個人は、「恋愛という社会規範」は必要なものだと考えています。なぜなら、もしもそのような規範が存在しなくなったとすると、非モテを「放置プレイ」として味わうことができなくなってしまうように思われるからです。

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mimipann id:mimipann

返信先ぱんのみみ
返信を待つ期間の上限を定めるというご提案に私も賛成です。1週間前後という上限も妥当だと思います。それ以上に時間を必要とする場合があるかもしれませんが、そのような場合も、1週間を目安として中間報告をするということにいたしましょう。
 
なお、12月24日ごろから1月8日ごろまで、少し長い休息を取らせていただくことを、あらかじめお伝えしておきます。その期間中は、3日に1回ぐらいの頻度で、着信メールを読んだりTwitterで生存を報告したりしますが、それ以外のネット上の活動は、ほぼ休眠状態となる予定です。
 
平山郁夫画伯の逝去は、私にとってもショッキングなニュースでした。何年か前に、生口島にある平山郁夫美術館で、釈迦とイエスとムハンマドが語り合っている姿を描いた画伯の絵を見て感動を覚えたことを思い出しました。天に召された画伯は今ごろ、彼らの姿を目の当りにして、スケッチにいそしんでいるかもしれませんね。

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mimipann id:mimipann

返信先ぱんのみみ
会話するのがめんどくさくなったなどということはありませんので、ご安心ください。むしろ、私のような非コミュな人間のためにお時間を割いていただいていることに、心から感謝いたしております。ただし、「返信はなるべく早急に」という暗黙のルールに縛られると、お互いに疲れるだけですので、「返信は気長に待つべし」というルールを明示的に制定してはどうかと提案したいと思います。
 
26日(木)午後8時53分のmimipannさんのエントリーを読ませていただいて思ったのですが、mimipannさんは、一般論を踏まえた上で発言することにこだわっておられるのではないでしょうか。もしもそうだとするなら、私は一般論よりもむしろmimipannさん個人の独断と偏見をお聞きしたいのだと申し上げておきます。ちなみに、私自身は、一般論にはこだわらず、私個人の独断と偏見で発言しているつもりです。非モテに関する一般論というものがもしも存在するとしても、個々の非モテに対する処方箋は、そのような一般論とは無関係に、個々の事例に即して書かれるべきもののように思われます。
 
私が使う概念と、一般に使われる概念との間にズレが存在する理由は、前者が私個人の問題を分析するためにチューニングされているからです。しかし、ズレのある概念を使って他者と会話を交わすことはできませんので、概念を整理する必要があるというmimipannさんのご意見については、私も全面的に同感です。むしろ、私たちの会話が概念の整理で始まって概念の整理で終わったとしても、「お互いにとって何か建設的なものを目指す」という、この会話の目的から逸脱するものではないように思われます。

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