prisoner022 はてなハイク市民 (銀 114日)

囚人022さんのエントリー

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才気に任せて毒気を爆発させたら、本人の思っていた以上に時代のクリティカルなところを突っついてしまっていたというのが、富野監督のイデオンだと思います。
アレ自体はそうした表現として間違いではなかったと思うのですが、結果としてアレをアリバイにしてしまう後続を目の当たりにすれば、自分自身が不健康だったという反省はもちろんあるのでしょう。
私はイデオンは何度見ても面白いですが、エヴァやVガンはそう何度も見返す気にはなりません。たぶん私はまるきり批評家的ではなく、根っから一人の観客でしかないのだろうなと思うのでした。
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「いっそイデオン発動篇のように死ねればあきらめもつくなあ」という思いを若い頃に持っていた私が、何かで道を誤っていればオウムに至っていたかもしれない端緒に立っていたということは自覚しています。オウムというのはそこが怖い。
ただイデオン発動篇が終末願望に満ちた作品だというのは、(私を含め)観た側が勝手にそういうふうに受け取ってしまったことであって、あのイデオンという作品それ自体は、「死にたくない一心であがけるだけあがく」人間のドラマだと思うのです。(富野監督というのは根っこのところで戯作者的であって、重要度は「アイデア」<「ドラマ」かと。)
ああいう形でのラストは登場人物の誰も望んでいなかったし、当時の観客もフィルムを観たその時には、ただただ衝撃を受けるばかりだったと私は思うんですよね。
端的には「死を思え」という物語だったと思います。エヴァ的なものがその後台頭してきたために、違った読み方がされるようになってしまったのかもしれないんですが。
(私がエヴァンゲリオンの気分はわかるけどあまり好きになれないのは、自分の「若気の至り」としか言えない時期の、嫌な鏡を見せられているようなところがあるからなのかもしれません。)
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返信先グダ
もう、ずっと以前になりますが、たしか広島県かどこかで工事中の陸橋の橋桁が道路に落下し、何台かの車が下敷きになって死者がでるという事故がありました。もう多くの人が忘れたしまった事故ですが、あのニュースを聞いた瞬間に感じた、いつ突如として理不尽に、自分の生が中断されるかもしれない、という戦慄は、何故か今も忘れられないものです。
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「セックスって、あれ戦争なんだぜ」っていうのは、命と命のやり取りという意味だなぁと。
まあ、ずっと後方のトーチカの影からパンパンと鉄砲を撃っても戦争に参加した気分にはなれるのでしょうが、互いの命を的に最前線で真剣勝負、生と死が紙一重に交錯する瞬間というのは、やっぱりエクスタシーなんでしょうね。

たぶん、そういうやり取りができる相手をきちんとみんなが見つけることができれば、戦争なんかしなくていい。「ニュータイプ」ってのは真のリア充のことなのかもしれないですね。
でも、みながみなニュータイプにはなれないから、戦争はなくならないのだ。ワハハ。

高校生の頃、「いっそイデオン発動篇のように死ねればあきらめもつくなあ」と、なぜかかなり真剣にそう思っていました。
いずれは死ぬ。いつかは死ぬ。俺はまだ、何もやっちゃいないのに。高校生の頃のほうがそういうことを切実に思っていたのが若さだったんですかねー。

精一杯生きて、死ぬだけだ。

あの頃に、そういうことを強く思っていたのには、冷戦もまだ終わっていなかったし人類を滅ぼすのに十分すぎるほどの核兵器が世界の各所に貯えられていて、明日俺をこの世界から消滅させるためのミサイルは、広漠たるシベリヤの原野か、ベーリング海の海底深くか分からないけど、今この瞬間もわが頭上に狙いを定めてスイッチが押される瞬間を待っているんだという、わけのわからない焦燥もあった。

そういう状況は、冷戦が終わったとかいっても実は今も大して変わっていないんだけど、意識の表層に上ることが少なくなったのは、自分が「若さを失った」ってことなんだろうな。

「俺はまだ何もやっちゃいない」と言えるのは若さの特権だ。
かれこれ20年近くも実社会で仕事をしてきて、何もなければあと20年ほど働くのかもしれないけど、ここまで何ほどのことも実現できずにきたし、その先さらに20年ほど生き延びたとしても、自分には何ほどのことも達成できないだろう、という見込みが既に立ってしまっている。

「精一杯生きるだけだ」というのと「ただ生きているだけだ」というのでは、違いはどこにあるのだろうかという問いを、ときどきは自分に立てるのを忘れないようにしたい。(そんなことを年中思っていたら、それは中二病だろう。w)

一瞬で世界が消える可能性は相変わらず皆無ではないけど、かつてのように「明日かもしれない」と焦燥感をつのらせてもどうにもならないだろう。それよりも、自分が生きているうちなのか子や孫の世代なのかはわからないけど、緩慢に世界が行き詰る方向へ向かっているという認識は深い。

たぶん生に充足していないから、疑似体験としてゲームや物語の戦争に夢中になったりするんだろう。生と死の境界を行き来するイニシエーションとしてのエンターテイメント。
みながニュータイプになれるのなら、そんなものは必要ないのかもしれないけど。ふぅむ・・・。
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http://d.hatena.ne.jp/kaien/20100307/p2
このへんの「オタク」談義というのも何度となく繰り返される話題で、人それぞれの「オタク」という語についての認識の違いはもう、埋めようがないところにまで来ているのだから、そういうふうにブレのある言葉だと互いに認識しあうしかないのではないかと思われてならない。
今では蔑称的な意味合いは限りなく薄まったが、むしろ問題は「オタク」を自称することによって世の中のいろいろなことから免罪される特権があるかのような選民意識が、「オタク」的な一部の人々に見られることではないかと思う。
「オタク」趣味も既にほぼ市民権を得て、それはほとんど特殊な趣味とはみなされなくなったのだから、市民の義務も普通に果たさなくてはいけないのだけど、いざそれを引き受ける段になると「キモオタ」であるがゆえに受けている差別のことを持ち出してくるのはいかにも気まずい。
たぶん、そんなような話ではあるまいか。
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ブレンパワードについて どんだけブログ更新できないでいるんだか。
TSUTAYAの店員も、同じDVDを何度も借りてるの変だと思ってないだろうか。(笑)
没入しちゃうのでメモとか取りながら見れないのだよね。映画的・・・という言い方が頭の中でぐるぐるしてる。
物語全体を俯瞰している視点とか存在してない。誰も(・・・たぶん作り手たち自身も)物語の行く手を分からないまま手探りしてる。結末に向けての予定調和的な(ウェルメイドな)物語とは正反対で、本筋に絡んでこない膨大な情報量がある。(それは無駄なのか?)
アニメで言う「リアル」とかいう言葉は薄っぺらいが、この無駄な情報量(伏線とかでさえないのだ!)の積み重なりが奥行きのある現実というものだろう。
それは人物に重ねてみれば分かりやすい。物語の中で一定の役割を果たすだけの人物(キャラっていうの?)というのは薄っぺらい。このブレンパワード作中の人物たちの、なんと(無駄に)厚み、奥行きをもって生み出されていることか。(たまたま出てくることはあっても、重要な役割など果たせずに表舞台から退場していくことのほうが多いのが、当たり前の人生なのだよね。)
そうではあるのだが、ユウとヒメちゃんは、対概念の主人公だ。オルファンとBプレートのように。
この作品の人物たちは、年相応に幼く考え浅かったり、そういうところもあるな。
そしてオルファンだ。本当に物語を象徴する存在だ。
この序盤では、物語そのものも深く海の底をさまよっているようである。最終回の宇宙への飛翔に至るまで、なのだけど、一直線ではなく、一筋道でさえなく、本当にスパイラル上に迷いを重ねながら、しかも重さを抱え続けたままで、飛翔へと繋がっていく。だから泣ける。
予定調和なんかくそ喰らえ!だ!
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納豆というのは何時代からあるものなのだろうか。
偶然に発見されたものなのだろうが、それにしても藁の中で腐って糸を引いている(としか見えない)豆を口に入れてみようとは。
度胸があるというよりむしろ、そこまで飢えていたのではなかろうか。
してみれば、飢える、という事でさえ、ネガティブではない意味を持ち得る場面というのはあるのではないか。
うん、納豆は美味いなぁ。
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『海のトリトン』のDVDボックスには特典で幻のパイロットフィルム「青いトリトン」が入っているのだけど、いかにも手塚アニメなそれを見ると、富野喜幸が手塚アニメのどこに飽きたらなかったかがわかる気がする。
「映画的」というのは、物語の説明には必要のないディティール(質のようなもの)の積み上げなんだと思う。
安彦さんは、関係の無いところでチョコチョコ動かす富野コンテをアニメーター泣かせと言ったが、湖川さんはアニメーターの意欲を刺激する良いコンテと言ったのも、たぶんそういう話だと思う。
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『リーンの翼』で涙がおさえ切れない場面は「ワーラーカーレーンへ帰るぞ」というところなんだけど、漠然と一度見ただけでは分からないような作りになっている。…という話を書きたいんだが、暇が無い。
あと、「富野アニメの不思議力は、何故かいつも思うに任せない」という話も考えてみたいんだけど、なかなか集中できない。
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あ、やべぇ。カウンターが75万超えてる・・・。記事を書かなくては・・・。
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人生に疲れた人集まれ!

温泉にでも行きたいなぁ。
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「ヘッドフォンの音漏れ」は、「はてな族 vs 2ちゃん族」みたいな対立軸に対しては、まことに適切な比喩ですね。ノイズを垂れ流している本人はまったく無自覚なあたり、そのものズバリです。(タバコの煙もそうなのでしょうね。本当に気をつけなくては。)
「愛煙族」は反社会分子として、既にかなり経済的、制度的に、民族浄化(笑)の危機にさらされていると思います。がん保険の料率が違うのなどは合理的でコンセンサスが得やすいことですが、制裁的な感情から一概に「超・高額納税者」だけがタバコを楽しめるようになるというと、これには気まずい点もあります。おっしゃるとおり「物理的接触」をどう回避するか、工夫と意識改革が必要なのでしょう。(どちらにせよ、どんなに長くてもあと半世紀のうちには絶滅する部族だと思われますが。)
webのことでいうと、従来うまく棲み分けができていた「はてな族」と「2ちゃん族」が、互いの領土を離れて新大陸twitterあたりで出くわすと新たな線引きが必要になるとか、そんな感じです。
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まあ喫煙の話などは、マナーの悪い喫煙者が多いので立場はよくないんだけど。
例えば「はてな」なんてのも、広い意味で文化圏なのだろうなーと。
で、異文化の人からは想像もしていなかったような、敵意のこもったまなざしを向けられることもあって。
そういう私も「2ちゃんねる」の文化圏の住人は正直、苦手だし。
異文化との共生というのは、理屈で考えるほどたやすくないなあと。
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蛮族の蛮習。自身に有害であり、周囲にも迷惑を及ぼす。
蛮族は先住民族ではあるのだが、既にマイノリティである。
それは21世紀の目で見てしまえば蛮習としか言いようがないのだが、
蛮族にとってはひとつの「文化」だったりする。
さて、蛮族にその蛮習を廃するよう啓蒙すべきなのだろうか。
蛮族といえども文化を尊重し、棲み分けを模索すべきなのだろうか。

目立たぬように小さな声でつぶやくと、私は喫煙者なのです。
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富野由悠季

「最初,富野監督から絵コンテを受け取ったとき,『ここに全部描いてあるから,あとは勝手にやってくれ』といわれた。ところが,受け取ってすぐにはその言葉の意味が分からず,何度も絵コンテを見直したり,スタッフと議論していくなかで,『全部描いてある』ことが理解できるようになった。そして驚いたのは,そうやって理解できるようになって初めて,『本当に全部描いてある』ことが分かって,とても驚くとともに恥ずかしい気持ちになった」
http://www.4gamer.net/games/103/G010304/20091221034/

ええ話だなー。
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隣のマウンテンサイクルから「壁の向こうといえば、昨年から「富(略)&宮(略)」でググると個人サイトでトップ」という声が聞こえてきたので、ココ掘れワンワン!とぐぐってみると・・・。
ふーむ、なるほど。
もう少ししっかりせんなあかんですな。
ちなみに、お隣のマウンテンサイクルから先月出土した中では、
この鉱脈は素人目にも面白うございました。(一月経たないとリンクできないのだ。)
http://f16.aaa.livedoor.jp/~robo/zakki/09/zakki09-11.htm#20091123c
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スローペースだと思いますが、はてなハイク市民(銀)になりました。
最近はTwitterに浮気もしてますが、こう見えても
古風な人間ですので、ハイクのほうが性格にはあってるっぽいです。w
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まことにのんきなものでした。
今だったら「~無双」に近いゲーム感覚でしたけど、
私なんか「ゲバラ」が誰だか知らずにやってましたし。・・・w
「サザエさん」は相手が分かっていて、
あの一家だから虐殺したいってところがあるんだろうなぁ。
ああいう作品のどこかに、抑圧を感じさせるものがあるのでしょう。
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∀ガンダム

SF的な物語構造で言うと、『∀ガンダム』って「宇宙人が侵略してきたと思ったら、実は未来人だった!」って話なんだよね。古典的なSFに出てくる宇宙人のイメージにも似たウォドムのデザインなんかを見ていると、そのへんは意識的なものだったような気もする。
当時のアメリア大陸の一般人レベルの目線から考えれば、地下から未来兵器が発掘されてるっていうのがまた面白い。(・・・彼らにとっての「現在」は、視聴者にとっては「過去」に見える。)それをムーンレイスの目線で言えば、実はアルマゲドンで人類の文明がほとんど灰燼に帰したあとの超未来の物語だったんだよーという、使い古された古典SF的な物語手法が見事に生かされているのね。
ガンダムシリーズは、例えば『Vガンダム』でギロチンみたいなモチーフを持ち込むと違和感が強かったように、いわば「未来」方面行きの一方通行だった。そこへ歴史の時間軸で現在を挟んで、「過去」的な空間に「未来」的な超文明が持ち込まれるという物語スタイルを持ってきた発想の転換はすごい。
富野由悠季のフィルモグラフィーから考えると、は、これは『聖戦士ダンバイン』や『リーンの翼』などのバイストン・ウェルものと言われる作品群から、ガンダムシリーズに移植されてきたものとも言えるかもしれない。
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ありましたねぇ。そういえば。なかなか痛快なゲームでした。w
やっぱり今じゃアウトですか。
mixiのニュースでサザエさん一家虐殺ゲームというのが何故か取り上げられていて、
まあ、そんなのはサザエさんに限らないだろうけど、
そこがサザエさん一家だとニュースになり得るのかなどと思ったり。
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