id:takanofumio
ぶくまから。
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/304874
思い出したこと。
ずっと前にTVで見たとあるお母さん。子どもが小学校低学年のころから料理を仕込み、小5か小6のときにはすでに一家の夕飯の支度をまるごと任せるほどになっていた。お母さんいわく、「将来どんなことがあっても最低限食べていけるようにと」とのこと。
それ見たときは一瞬「食べていける」の意味が違うんじゃないのと思ったんだけど、ただ金を稼ぐだけじゃなく具体的にメシを作るのってやっぱり重要だよねと思い、それ以来なるべく自分もコドモにごはんの用意の手伝いをさせるようにしています。
じっさい、目の前に冷やごはんとタマゴとなんかの肉となんかの野菜があったとき「あ、アレが作れる」と思いつけるかどうかというのは、ある種の教養と言ってもよいのでは。
ブコメで「小学校の調理実習ていどの話じゃん」というのがあったけど、いやほんとにインスタントラーメンつくれないヒトっているんだってば。
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/304874
思い出したこと。
ずっと前にTVで見たとあるお母さん。子どもが小学校低学年のころから料理を仕込み、小5か小6のときにはすでに一家の夕飯の支度をまるごと任せるほどになっていた。お母さんいわく、「将来どんなことがあっても最低限食べていけるようにと」とのこと。
それ見たときは一瞬「食べていける」の意味が違うんじゃないのと思ったんだけど、ただ金を稼ぐだけじゃなく具体的にメシを作るのってやっぱり重要だよねと思い、それ以来なるべく自分もコドモにごはんの用意の手伝いをさせるようにしています。
じっさい、目の前に冷やごはんとタマゴとなんかの肉となんかの野菜があったとき「あ、アレが作れる」と思いつけるかどうかというのは、ある種の教養と言ってもよいのでは。
ブコメで「小学校の調理実習ていどの話じゃん」というのがあったけど、いやほんとにインスタントラーメンつくれないヒトっているんだってば。
id:takanofumio
ああそんなことを書きたかったんじゃなかったんだった。この本の中に「子どもが主役の写真を撮る親」というのが出てくるのだけれど、実は私も毎朝コドモが登校するときに途中まで送っていっていて、そのときの写真を撮りつづけているのです。長女が小一の途中からだったからもう6年ちかく。そーゆーはなしも、この人が聞いたら「ったくイマドキの親は何考えてんだ」ってことになるんだろうなー、なんて。
id:takanofumio
今朝図書館で借りてきた『普通の家族がいちばん怖い』とゆー本を読んでおりますが、この著者(アサツーの岩村暢子という人)「ウケを狙って特異な家族の諸相をセンセーショナルにとり上げたいのでもない……いま家族に何が起きているのかということを探っていきたいのである」(プロローグ・普通の家族を知りたい)などと言いながら、本文はもう説教する気まんまんで、読んでいて頭にくることくること。なんか社会調査めかして書いてるけど、やってることはアレ、『噂の!東京マガジン』の「やってTRY」と同じ。非常識なことを言ったりやったりする他人をつかまえて物笑いの種にしたり説教したりしたいだけ。ンモー
id:takanofumio
ハイクて、
id:username の投稿した特定の keyword だけを抽出して表示することってできないの?
しゃべ
4/611時現在、さいごのハイクがこれだと、おもわず冷蔵庫の前で倒れているおかーさんの映像が思い浮かんでしまう。
だいじょうぶですかー?
だいじょうぶですかー?
id:Midas
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↓何がそんなに面白いのか説明して貰おうじやないか
http://b.hatena.ne.jp/Midas/20120330#bookmark-87410865
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ということなんですが、質問に質問で答えるのは品がないなあと思いつつ
「じゃあネット言論てなに?」
としか言いようがないなあ。
あるいは、「はてなが津田氏を起用して環境省の広報記事を出した」くらいで死んじゃうようなものだったのなら、もともと大したものでもなかったんじやないの? というか。
もし私の見落としている重大な事実があるのなら、ぜひご教授願います。
id:takanofumio
あと卒業生が声を揃えて言うアレ(昔の「答辞」にあたるやつ)、はじまった途端にサバンナのネタを思い出して噴きそうになって困った
id:takanofumio
とゆーわけで長女の卒業式だったのだった。
会場のうしろの方で式のようすを眺めながら、こういう格式張った場所に来るのはいつ以来だろうと考えていて、学生時代の指導教授の大学葬が最後だったことに気がついた(大学は卒業してないので)。
そういう、儀式めいたものに縁のない人間から見ると、卒業式とかなんだかいまいち盛り上がりに欠けるなァという感じ。あのフォーマットの起源というのはどのへんにあるものなんでしょうね。社会学とかのテーマになりそうな気がするんだけど、研究みたいのはないのかな。
来賓の皆さんは祝辞でさかんに「君たちがここまで来れたのは親や先生や地域の大人のおかげだ」と強調してたけど、そんなことあんまりしつこく言われると私など「君たちが今まで生きてこられたのは、まず第一に自分の力だ!」って言ってやりたくなったことでした。
会場のうしろの方で式のようすを眺めながら、こういう格式張った場所に来るのはいつ以来だろうと考えていて、学生時代の指導教授の大学葬が最後だったことに気がついた(大学は卒業してないので)。
そういう、儀式めいたものに縁のない人間から見ると、卒業式とかなんだかいまいち盛り上がりに欠けるなァという感じ。あのフォーマットの起源というのはどのへんにあるものなんでしょうね。社会学とかのテーマになりそうな気がするんだけど、研究みたいのはないのかな。
来賓の皆さんは祝辞でさかんに「君たちがここまで来れたのは親や先生や地域の大人のおかげだ」と強調してたけど、そんなことあんまりしつこく言われると私など「君たちが今まで生きてこられたのは、まず第一に自分の力だ!」って言ってやりたくなったことでした。




