差別

"差別" でひとこと

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gustav5

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返信先tick2tack
国連人権規約とは書いてないです国際人権規約です。たとえば国際人権規約B規約27条には独自の教育が保障される主体として宗教的マイノリティ、言語的マイノリティの記述があります。92年の国連・マイノリティ権利宣言のなかにも宗教的、言語的マイノリティの記述があります。残念ながらというべきか確たる共通認識が日本を含めた各国で確立されているわけではありません。チベットやロヒンギャを含めて紛糾するのはそこらへんから由来します。
>言語や宗教は "ほぼ永久的に変化しない" なんてことはありません。
そりゃ鎖国でもしない限り厳密にいえば変わりますよ。ですから永久的とも永久にとも書かず「ほほ半永久的に」とかいたのです。特に言語などは特に交流があるので変化します。しかしながらえてして文化に宗教は影響与え、その人たちがその人たちたらしめるのは言語であり、宗教であり、文化です。
>この定義では人々が言語や宗教を変えることは保護の対象に値しない、
>まともでない行為だと言ってるようなものです。
あらたな信仰心から基づくな改宗はありえます。商売上の理由などによって言語変更もあり得ます。それを保護しないといってるわけではありません。むしろ公用語や国教のあるところではその国の政策によって積極的に保護されるでしょう。多数派の宗教や文化に圧迫され意図しない改宗をせまられない・言語習得の機会を妨げられない、ということを防ぐ必要があると考えて「半永久的に変化しない可能性のある属性」は保護すべきなのではないか、と考えています。この考え方が恣意的運用を生み出しかねず悪辣とされてしまってるのでああおれは悪辣な人間なのかと新たなる自己発見をしているところです。
>実際にどう指向するようになるかは後天的なものによって決まります。
>生まれたときに特定の性的指向をもって生まれる人など居ないのです。
>当然、人生の途中で変化することもあ... (続きを読む)
tick2tack

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返信先gustav5
正直ご自分でも気づいてると思いますが、言語や宗教は "ほぼ永久的に変化しない" なんてことはありません。 
この定義では人々が言語や宗教を変えることは保護の対象に値しない、まともでない行為だと言ってるようなものです。 
国連人権規約にそのようなあやふやな理由によって守られるべきものとそうでないものを分けてるという話はありません。 
よく差別主義者が生得的かをもって差別になるかどうかを分けようとしたりしますが、"ほぼ永久的に変化しない" という定義はあいまいで恣意的な運用がしやすいためより悪辣だと考えます。 
 
また釈迦に説法でしょうが、性的指向は先天的というよりは後天的なものというのが妥当です。 
胎児時の男性ホルモン曝露の程度の違いで性的指向に差が出てくることが知られているように(例えば https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1090513800000520)、器質的なものはあくまである性的指向へのなり易さに差があるというだけで、実際にどう指向するようになるかは後天的なものによって決まります。 
生まれたときに特定の性的指向をもって生まれる人など居ないのです。 
当然、人生の途中で変化することもあるでしょう。 
 
もし本当にこれらのことが同意できないというのであれば、話がかみ合わないというのはそうなんでしょう。 
 
 
> 差別が存在すれば対象者が強い抑圧もしくは抑圧を感じかねないのですが、強い抑圧もしくは抑圧を感じる人間を矢面に立たせながら抑圧を受け止め続けろ 
 
なぜか差別があること前提になっていますが、笑いがあっても差別が無ければいいのではないでしょうか。 
笑いがあっても "そのような共通意識が出来なければ" 抑圧を感じる理由が無いと思います。 
 
 
> 昨今の黒人が反発するような発... (続きを読む)
deepindigo

差別

あと「笑いと差別」について論じられているようですが、精神障碍者として一言申し上げます。
私自身は精神障害を認めるに至ったのは後年のことですが、結構幼いころからなんらかの生き辛さを感じている中、あるコミュニティで「いじられる」面白くなさを感じたものでした。
嗅覚の働くヤツというのはいるもので、それは大学時代にバンドをやっていた頃にもあったんですが、そいつは今や某有名お笑い番組のディレクターで長いことやっていったようです。そういうセンスもあるということです。
そんなのも含めて考えると「笑われるように仕組む」という仕組みを作るというのもあるのでしょうけど、それが必ずしも笑えるのかというのは今や怪しいだろうという実感です。
特にテレビ社会で「コンプライアンス」が叫ばれる昨今は差別的要素は排除されるような傾向であるようです。

私は思うのですが「差別は不安からくる」も同意できますし、弱者をその対象にする場合もありましょうし権力者をその対象にする場合もありましょう。

あと「感動ポルノ」の話もありますが、あれは「他人事」だからそうなんでしょうね。当事者にとってはリアルな生活以外の何物でもないですし。
そもそも「感動」というボキャ貧な一言で片づける傾向にも問題があると思います。「じゃあ何のどこにどういう感情を動かされたのか」を誰も明らかにすることなく消費してるだけだから不快に感じるのではないでしょうか。
私自身はスポーツ観戦には興味がありませんし、オリンピックだろうがなんだろうが「感動や勇気をもらった」りしませんし、勝手にがんばって、なだけです。
感動を強要するのも同調圧力の一種です。
deepindigo

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入り組んだお話もあるようなのであえてリプライの形を取りませんがひとこと。
先ず外国人であれ民族的であれの差別について。
前提として経験的な偏見を思います。
ある日本人が海外へ行き「東洋人」というカドで中国人や朝鮮人と一緒くたにされて差別された、なんて話はよく聞くことで、じゃあそういう人に中国人や朝鮮人を差別がないかというとそれは別問題になります。
また旅行にせよ仕事にせよ海外に赴いてしばらくそこで過ごす中で、そこの国に住む人々なり民族なりへ抱く印象が良くも悪くも偏見になり得ます。
難しいのは知らないからこその偏見と、曲りなりにも個人が体験した上での偏見があることです。
議論の中では「マイノリティに対する偏見」ということが扱われているようですが、その限りでもないような気がしています。
マイノリティというのは、コミュニティを形成する中での相対的大小もあろうかと思うので差別意識の本質であるところの偏見にこそ目を向けるべきかと思います。
特に日本人は自分のテリトリーにある時は何を言っても平気、みたいな卑しい感覚が悪気なく発生しがちなようですし。
多様な文化を観てきただけでユニバーサルになれるほど甘いものではないなあ、と思います。
gustav5

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返信先tick2tack
○国際人権規約などを参照すると言語や民族や宗教であるとかほぼ半永久的に変化しない可能性のある属性を持つものとマイノリティという言葉はつながっていることがちらちらと見えてきます。国連のマイノリティ権利宣言などでも同様です。言語や民族や宗教などがでてくる理由のひとつとして少数民族の言語や信仰、文化があります。その集団がその集団たらしめるのに言語や文化や宗教は重要な要素であるものの、しかし多数派の文化に圧倒的に取りかこまれてるときに固有の言語の習得や文化の維持が難しいので同化され・同化を強要され、抑圧されやすいのです。それらの信仰や言語などほぼ半永久的に変化しない可能性のある属性を持つ被支配階級というか多数派に抑圧されやすい対象をマイノリティと定義しているのが国連や国際人権規約などの文書からみてとれます。マイノリティに障碍者であるとかセクシャルマイノリティを含めるべきかとか根深い議論があります。しかし民族や言語や宗教などと同様にほぼ半永久的に変化しない可能性がある属性を持つものであり含めるべきかと考え、私は含めて書いています。私がマイノリティとして念頭にあったのは「ほぼ半永久的に変化しない可能性のある属性を持つ」民族であったり信仰を持つ集団であったりセクシャルマイノリティであったり、です。
ですから正直に書きますと
>特定のマイノリティはあくまで特定の文脈上でのマイノリティでしかないです。
>例えば性指向という分類ではマイノリティの人も
>人種という分類だとマジョリティだったりするわけです。
という文章を読んでそういう考え方をほぼはじめてあたったので正直かなり困惑しているのが実情です。
>場に複数の人間が居るとして、最初の文脈で一人の人がマイノリティであったとしても、
>次の文脈ではその人はマジョリティとなり別の人がマイノリティになったりしうるわけです。
というの文章からマイノリティは「相対的... (続きを読む)
tick2tack

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返信先gustav5
先ずはっきりさせたいのは「マイノリティ」と「マジョリティ」ではないということです。 
「あるマイノリティの人」と「それ以外の様々なマイノリティの人々」です。 
特定のマイノリティはあくまで特定の文脈上でのマイノリティでしかないです。 
例えば性指向という分類ではマイノリティの人も人種という分類だとマジョリティだったりするわけです。 
あくまで特定の文脈上でのみ、そのマイノリティとマジョリティとなります。 
誰しもマイノリティとなり得る要素を複数持っています。 
体系、風貌、体毛、出身、民族、職業、収入、風習、発声、作法、知識、能力、年齢、交友、恋愛、学歴、障害、病気、宗教、思想、嗜好、などなど。 
場に複数の人間が居るとして、最初の文脈で一人の人がマイノリティであったとしても、次の文脈ではその人はマジョリティとなり別の人がマイノリティになったりしうるわけです。 
文脈がどんどん変わるなら特定のマジョリティがその場の特別となることはないでしょう。 
世の中は「マイノリティ」と「弱い部分の全く無い大勢」のようなものでは決してありません。 
 
 
> 同化の強化というのは書いていませんが 
 
完全に間違えてました。失礼しました。 
 
 
>「文化・価値観を合わせることの強要」ってのは笑いに限らず起きます 
 
書かれてる通り笑いに限らず起こるもので、笑いに限らず改善されるべきものだと思います。 
笑いを規制したからといって強要がなくなるわけでなく、別の態度の強要に移るだけです。 
例えば米国大統領選で「女性なのにトランプに怒らないだなんて!」という圧力がありました。 
「トランプ支持の女性」はマイノリティで、笑いでなく怒りの対象とされたり、強要されたりするわけです。 
では怒りも規制すべきでしょうか。 
障害者が頑張ってるのを見て感動すると感動ポルノだと揶揄... (続きを読む)
gustav5

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返信先tick2tack
同化の強化というのは書いていませんが、同化の強制についていえば、「単純なその場での同調の要求」や「批判意見の排除」や「文化・価値観を合わせることの強要」ってのは笑いに限らず起きます。「笑い」に関して言えば「みんな笑っているのになんでそんなことで文句をつけるのか」ということが起こりえるわけです。でもって、
「笑いものにする」という言葉がある限り笑いというのは時として差別と表裏一体です、
とかいたのは、差異があるとその差異を笑う≒「みんな△△なのにあいつら◇◇なんだぜ」という前提で笑うことになるのですが、なにも他人を笑わせるために差異があるわけではないのです。差異があるときにそこがネックというか傷つく原点になるんすけど、個人的意見としては無いほうがと思っています。
>笑いに限らず様々な行為が時として差別を生み出してしまいます。
ということに関しては概ね同意見なのですが、
>それらを全て禁止していくのでしょうか。
ということに関してはどうしてそこに着地するのか正直きちんと理解できなかったのですが、一般論としては笑芸など不特定多数を相手にしたものに関しては差別に関してはないほうが良いとは思います。特にメディアなどでのことになりますが、(セクシャルマイノリティに限らず)マイノリティを題材にしたものの場合、それが事実と異なったものであったり、間違った印象を与えるものであったとしても、少数であるがゆえにえてして反論や訂正の機会はほぼありませんし、あったとしても一旦ついてしまったものの印象を拭うことはそう簡単なことではないからです。もちろん表現の幅が減ることは確かで、表現の自由というものを考えると明文でも明文化されてなくてもそんなものはないほうが良いに決まっていますが。ここらへんはもう表現者の良心にゆだねるしかない領域なのですけども。
>差別を完全に無くすというのは無理であり、
ここらへん残念ながら限りなく同意見です。半... (続きを読む)
tick2tack

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返信先gustav5
> 同化の強化

単純なその場での同調の要求や批判意見の排除というわけでなく、文化・価値観を合わせることの強要、なのかな。


> 「笑いものにする」という言葉がある限り笑いというのは時として差別と表裏一体です

笑いに限らず様々な行為が時として差別を生み出してしまいます。
それらを全て禁止していくのでしょうか。
そうなるともう、そのマイノリティを疎外するのが妥当だという判断になるでしょう。

「可能性を生み出しただけでアウトなんだよ」という考え方は全てを規制しつくすまで止まることはありません。
差別を完全に無くすというのは無理であり、その期待効用を薄める方向で考えるのが良いと思います。
皆が、その人の属性特有のネタでも一般的なネタでも笑われる。
いろんな人がいろんな理由で笑いとなる、そういった多数の中に紛れることでそのマイノリティは特別でなくなることができるのではないでしょうか。


> マイノリティについて、永遠にその地位に居ろ、永遠に笑われていろ、といってるのに等しい

むしろ規制を行い他と同じように扱えないとすることが逆に注意を引きつけ偏見を助長し、他と同じ位置に立てるように改善していくことを妨げてしまうのではないでしょうか。
規制がマイノリティをその位置に永久に閉じ込めてしまうわけです。

規制はまた社会の興味を失わせ議論がなくなってしまうこともあるかもしれません。
規制では問題の根は残ったままなのに、表面的には見えなくなってしまうからです。

喫緊の問題を減らすための緊急避難としてならわかりますが、その場合はその後どうしていくかを見据えたものであるべきではないでしょうか。
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gustav5

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同化の強制というのは、わかりやすく書けば多数派の人たちが「おれたちはこうやってたんだからおまえたちもこうするべきだ」という点です。もっとわかりやすい例でいえば、大多数の人が少数派を笑いにするネタで笑ってるなら、それを文句をつけるべきではない、という強制です。「笑いものにする」という言葉がある限り笑いというのは時として差別と表裏一体です。他人を笑う風潮は強い縛りになってしまう、縛りがないほうが良い、というのはわからないでもないですが、だとすると、そこに差別は残ります。なるべく不特定多数の人の前では特定少数を笑うような手のネタはやるべきではないのではないでしょうか。
マイノリティがそうではない人たちと違う扱いにすること自体がマイノリティを疎外させるという点についてはわからないでもないです、が、しかしそれを突き詰めてしまうと、笑いにされてしまったマイノリティについて、永遠にその地位に居ろ、永遠に笑われていろ、といってるのに等しいように聴こえます。
tick2tack

差別

タイミング逸したんで返信にはしないけど。

他人を笑いの対象にしない、というのはかなり強い縛りになってしまいそう。
自分を笑いにすることすら難しくなる。
なぜなら自分と同じ属性の人を巻き込む可能性がある為。
あるあるネタなどもできないし、本当に個人的なことでのみしか笑いのネタにできなくなる。
そういうのは知り合いなどにしかわからないものがほとんどなのでは。

マイノリティとは少数派とは限らない。
大富豪は少数派だがマイノリティではない。
マイノリティとは社会的弱者であり、それは社会から排せつされてる・される可能性が高い人達を指す。
自分が考えてたのは、マイノリティをそうでない人達と違う扱いにすること自体が、マイノリティを際立たせ疎外する形になるということ。
腫物のように扱うべきではないと考える。

同化の強制というのはよく分からないが。
マイノリティもそうでない人も笑いのツボは人それぞれだろうし。
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tick2tack

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返信先tick2tack
だいぶ前増田に「差別はコンテキスト依存なんだから状況が変化すれば今は差別とされてる事もありになるよ」ということを説明してたエントリがあったが、どこだったっけかな。
エロに関する内容だった気がするのだが。
はてブの検索がいくら優秀でも、検索すべきワードが思い出せないとどうしようもないな。
増田はブクマしてる数が多いから、こういう時に探せなくなってしまうな。
gustav5

差別

「笑い」というのはおおまかに2種類あって、「笑わせる」ことと「笑われる」ことです。笑いのネタという場合、前者はテクニックが必要だからそれを扱う漫才師や落語家は師匠と呼ばれるわけです。後者はテクニックは必要ありません。バカなことをすればいいわけです。人間だれしもプライドがありますから笑われるのは嫌です。そうすると自分でない全然関係ない誰かをターゲットにしてバカにすれば笑いが取れます。たまにそこでマイノリティがでてきちまうわけです。絶対安全地帯にいると思ってる人が、自分たちと違う存在がいて、あの人たちは笑っていいと思うからこそ、マイノリティ問題っておきるんじゃないっすかね。マイノリティではない人はもちろんのこと、マイノリティも「笑われるような笑い」の対象にすべきではないのではないですかね。違うかな。もちろん表現の自由というのは理解できます。理解できますが、勘弁してほしいというのがいわゆる性的少数者の中にはいっちまいそうな人間の実感です。念のため書いておくとマイノリティって性的少数者に限りません。
でもってマイノリティを「普通」の人たちと同じ扱いをする、というのがおっかないです。笑いの問題として、「笑われる」ネタの場合、「普通」の人たちが笑う点とマイノリティが笑える点が同じとはかぎられないわけで。笑いの問題ではなくて、一般論として、差異があるにもかかわらず、その差異をすっ飛ばしていわゆる多数派のひととの同化を強制されることが抑圧になるんですけど、理解してもらえるだろうか。
つか「普通」ってなんすかね。どうしても「普通」っていわれると「大垣ゆき」とか「甲府ゆき」を連想しちまうんですけど。
tick2tack

差別

テレビでマイノリティを笑いの対象にしてる話について。
マイノリティを笑いの対象にしてはいけないのではない。
笑いの対象にしかしないのがまずい。
マイノリティも普通の人達と同じ扱いをする、その中には笑いの対象にすることも含まれる。
まず普通の扱いをする、ということがなされているからこそ笑いの対象にすることができる。
tick2tack

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移民は犯罪率高い → 移民に対して排他的な態度をとる → 社会から排除されると犯罪を犯しやすくなる → 移民は犯罪率がさらに高くなる
という予言の自己成就的なフィードバックループを断ち切るのは難しい。
tick2tack

差別

差別は生理現象
https://twitter.com/myuuko/status/895607388970958848
”高血圧の薬を飲むと人種バイアスが消えるという研究の紹介記事。人種バイアスを(非差別的な人も感じる)自動的な恐怖プロセスから来るものだと論じている。”

差別の多くは不安から発生する。
例えば犯罪者には移民や黒人が多いので、安全のためにと移民や黒人を自分の周りから排除するようになる。
いじめられっ子をかばうと自分も標的になるかもしれないから、知らんぷりをする。
安全かどうかわからないから、とりあえず福島産のものは避ける。
犯罪を犯すかもしれないから、男性保育士に反対する。

薬を使って生理的に不安を抑えることで、一時的に差別感情を抑えることができるというのは、納得度高い。
交感神経系のホルモンであるアドレナリンとノルアドレナリンを抑えるのだとか。

差別は生理現象ということはつまり、人間は差別するのがデフォルトであるということ。
普通にしてれば差別をしない、ではなく普通にしてれば差別をしてしまう、なのである。
それを社会的に好ましくないから抑制しようと努力するわけである。
差別する人が「普通と違う特別な人」なのでないことに注意する必要がある。
(続きを読む)
owaranaizo9lil

差別

米倉理貴とかいう人、何か誰かが頭良い人と悪い人差別しとるらしいね!そしてその悪い人に対して何もできん奴だときめつける。
差別やめた方がいいよ
aflat_1000dai4

差別

差別主義者には、差別であることを自覚しつつ言い訳を吐くタイプと、差別という概念自体を捨ててしまってるタイプがいるようである。
前者は特定の話題以外では正気だったりすることもあるけど、後者は…。
mushikatsu

差別

ケータイも一眼もコンデジもビデオカメラとほぼ同じ撮影能力があるのに
ビデオカメラだけ見た目で差別される。
vialavida

差別

昨日、差別感情を持った
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20100104/1262553225
「この世にこういうやつらの存在って不要なんじゃねえのかな。どうせ十代で子供作って、結婚してすぐに離婚して、崩壊家庭で子供とかろくな育ちかたしねーだろ。まさに負の連鎖ですよ負の連鎖。どっかで断ち切ったほうがいいよそんなろくでもねーものwwwww」
「と、考えた。
 そこで気づいた。」

自分がある一定の人々を排除する思考をしたことにはたと気づけること、その気づき(自分の負の部分)を率直に表現できる所を見習いたい。
mobanama

差別

http://tamanoir.air-nifty.com/jours/2009/05/2009514.html

暴煙者に見えない優良喫煙者になれというのはヘイトスピーチなんだろうか。
まあ実際「禁煙ファシスト」が類することを言っている気がするけど。
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