松田昌士

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umedamochio

松田昌士

そんな苦労が蓄積した結果だろう。妻は四十歳を過ぎたころに舌の動きをつかさどる筋肉がまひするという病気に襲われた。ひどい時は立って呼吸すらできない。(中略)
土曜の夕刻、薄暗い空の下で始めた喪主のあいさつは、当初、淡々と終えるつもりだった。(中略) 気付いた時には「郁子を追い込んだ連中を私は一生、許さないっ」と叫ぶ自分がいた。(日経新聞2008/11/29)
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松田昌士

国鉄時代、私は常に主力組合であった国鉄労働組合(国労)と真っ向から対峙した。分割・民営化の信念を掲げ、これを曲げることもなかった。当然、私への風当たりはきつくなり、それは家族にも及んでいた。陰に陽に寄せられる様々な苦情、いやがらせ。国労関係者だけでなく、彼らと連帯を組む勢力が入れ代わり立ち代わり、妻や三人の子供たちに圧力をかけていた。(中略)
ある時、同居している長女の息子が極度に水を怖がることを知った。理由を尋ねると、近隣のプールで指導員とおぼしき人物に無理やり顔を水に押し付けられたという。孫にまでの陰気ないじめにはさすがに慄然とした。(日経新聞2008/11/29)
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