読書メモ

"読書メモ" でひとこと

1 fan

書き込むには、ログインまたはユーザー登録を行ってください。 初めての方へ

toya

読書メモ

『フォト・ジャーナリズム いま写真に何ができるか』(徳山喜雄、平凡社新書、2001年)。
朝日新聞の写真部出身の人が在職中に書いたのでなんとなく途中で穿った読み方をしてしまいつつも、報道における映像と写真の問題は、今も昔も国内も国外も変わらん、そしてやたら大変に、どんどん難しくなる、という気持ちに。
star-gazer

読書メモ

じゃあ、怖い小説は?とググったら、複数のサイトで挙げられていた
小野不由美「残穢」
山本周五郎賞受賞作

もう小野不由美が書いたって時点で読む前にお風呂とトイレは行っておくべき。徹夜覚悟。

岩井志麻子の「ぼっけえ、きょうてえ」や坂東眞砂子の「一本樒」(短編集)もだいぶ怖かったですけど、
「残穢」を読む勇気はいまのところない。
「リング」も挙げられてましたが、私の基準で怖いののは続編の「らせん」ですね。

最近は文庫本を買わなくなったので(荷物を増やしたくない)、トレンドについていけません。
角川ホラー文庫でまあ面白いけど買うほどじゃないな、と思ったのは「姉飼い」と「虫送り」。
虫嫌いの人は絶対後者を手にとってはダメです。
逆にいえば虫嫌いの人にこれを音読させる、というのはけっこうな拷問になるかもしれない。
star-gazer

読書メモ

[ネタバレあり][読んだ人いなさそうだけど]

わたくしの「出版するだけ紙とインクと輸送のムダ作家」だんとつナンバーワンは
校正編集者志望にとっての名作“リアル鬼ごっこ”を書いた山駄悠介です。

リア鬼だけで判断してはいけないと、何冊か立ち読みしましたが(1円も払いたくない)こうも筆力が向上しないやつも珍しい。
一時期ネットで連載していた“ドアD”は、全体の構想というか発想は悪くないのですが、SAWのパクリっぽい。
“誰かが死なないと密室から脱出できない”というストーリーはホラー映画好きにはわくわくしますね。
でも友達や恋人を犠牲にしていく大学生達の心理描写がまったくない。だから非常につまらない。
ホラーやサスペンスは追いつめられた時の心理描写で面白さの7割は決まると個人的に思ってます。
いつまで冷静さを保てるか、自暴自棄になった人に何が起こるか、それが小説の醍醐味。
そのテクニックがまったく上がらないんだから、もう自称作家辞めたら?と言いたい。
あと開始3ページでオチがわかるのやめてください。
r_coppelia

読書メモ

返信先r_coppelia
p.280 「XI 死のイメージ」 "アヴィニョンにあるセレスタン派修道院に、大革命のときまで伝えられていた絵があった。伝承は、これを、その修道院の寄進者、諸芸に秀でたルネ王じしんの手になるものとしている。そこには、直立した女性像が、エレガントな髪飾りをつけ、白衣につつまれた姿で描かれていた。うじ虫が、そのからだを食いあらしている。絵のなかに書きこまれた詩句の最初の数行は、こうよみとれたという。

 かつてはわたしも美しく、女すべてにまさっていたのですが、
 死によって、こういう姿になりました。
 わたしの肉はとてもきれい、新鮮でやわらかでした、
 それがいまでは、きれいさっばり、灰になりました。
 わたしのからだは、とてもかわいらしく、ひとを楽しませた……
 わたしはよく絹を身にまとっておりました、
 それがいまでは、当然ながら、まったくのはだかという定め。
 グレイの、りすの毛皮に身を飾っておりました……
 望みどおりの大宮殿に、わたしは住んでおりました、
 それがいまでは、住むところは、このせまい柩のなか。
 わたしの部屋は、きれいな壁掛けに飾られておりました、
 それがいまでは、くもの巣に、わたしの墓はつつまれている。"
r_coppelia

読書メモ

返信先r_coppelia
p.154 "十三世紀後半のある北仏吟遊詩人(トルヴェール)の作『三人の騎士と下衣(したごろも)のこと』は、このぞくぞくするようなモティーフを、あますところなく展開しつくしている。争いを好まず、ともかくけだかく寛大な夫をもつある貴婦人が、かの女に愛をささげている三人の騎士に、日ごろ身につけている下着を贈った。かの女の夫が催すことになっているトーナメントに、かぶと、すねあてのほかは、よろいのたぐいをいっさいつけず、くさりかたびらのかわりに、ただこれだけを着て、出場してほしいというのである。
 三人のうちふたりは、おそれをなして、ひきさがってしまった。三人目の騎士は、これは貧乏騎士であったが、その夜、この下着を腕にだき、情熱こめて接吻したという。当日、かれはよろいもつけず、くさりかたびらのかわりに、これを着こんであらわれた。下着は破れちぎれ、かれの血にそまった。かれは深手を負った。"

pp.154-155 "かれは血ぞめの下着を返し、トーナメントの行事をとじる祝宴の席に、よくめだつよう、衣服の上にそれをまとってあらわれるよう、かの女に要求した。かの女は、その血ぞめの下着をやさしくかきいだき、要求されたとおりの恰好で、宴席にあらわれた。会食者の多くは、かの女を非難した。夫は当惑した。さて、と吟遊詩人は問いかけている、愛しあうふたりのうち、どちらがよりよく、相手のためにつくしたか、と。"
r_coppelia

読書メモ

返信先r_coppelia
「V 恋する英雄の夢」

pp.153-154 "騎士が、愛する女性の髪や、肌の匂いのただよう薄絹や衣装を身につけるということ、このことのうちに、騎士道トーナメントのエロティックな要素が、まさにそのものずばりにあらわれている。闘いがエキサイトしてくると、女たちは、次から次へと、身につけたものを騎士に投げあたえる。"
r_coppelia

読書メモ

返信先r_coppelia
原注 p.355 "一〇五・1 ただし、フランス王アンリ三世の場合については、かれがいかがわしいミニョン関係にふけった疑い濃厚である。だが、これは十六世紀末になってのことだ。"
r_coppelia

読書メモ

返信先r_coppelia
pp.105-106 "この関係は、宮廷人の恋と同等にみられていた。シャトランはいっている、「あなたは、ダームもミニョンもおもちでない」。とはいえ、この関係を、ギリシアの友情と結ぶ線上にもっていこうと、どんなにやってみたところで、完全な失敗に終わるだけである。ミニョン関係を公然とうけいれていたこの時代は、かの忌むべき罪を恐れきらっていた。このことからして、疑惑は一掃される。シェナのベルナルディーノは、ソドムの風習がひろまっているイタリアの同胞に対し、それを知らぬフランス人、ドイツ人を手本とせよ、といっている。
 ただ、ひじょうに憎まれた君侯が、その寵臣との道ならぬ関係の汚名を着せられるということは、たしかにあった。たとえば、イギリスのリチャード二世とロベール・ド・ヴェールとの場合がそれである。だが、ふつうには、これはそのような疑惑をいれぬ関係であり、愛顧をうけるものに名誉を保証し、そのものじしん、これを公言することをはばからなかったのである。
 コミーヌその人が語っている、いかに、自分だけが、特別に、ルイ十一世の愛顧をうけるという名誉にあずかっていたことか。だから、王と同じ服装で出歩いていたのだ、と。たしかに、このことは、この関係のたしかな目じるしだったのである。王は、かれと同じ衣装をつけたミニョンをひとり、いつも連れていて、ひとを引見するときには、その肩に身をもたせかけていたとの証言が、なお、ほかにもいくつかあるのだ。
 ときには、位階を異にする同年輩の友ふたりが、服装を同じくし、ひとつ部屋に、場合によってはひとつベッドに眠ることもあった。この切っても切れぬ友情の関係は、たとえば、若年のガストン・ド・フォワとその庶出の弟とのあいだに、また、トゥーレーヌ伯、のちのルイ・ドルレアンとピエール・ド・クラオン、若きクレーヴ侯とジャック・ド・ラランとのあいだに認められる。
 同様に、君侯の夫人たちもまた、心をよせ... (続きを読む)
r_coppelia

読書メモ

返信先r_coppelia
pp.104-105 "友情もまた、十五世紀の生活では、美しく洗練されたかたちをみせている。古くから、民衆のあいだでも、貴族の仲間うちでも重んじられていた血盟の間柄、戦場での友情と並んで、あるセンティメンタルな友情のかたちが知られるにいたった。これは、ミニョンという言葉で呼ばれている。
 君侯のミニョンは公の制度であって、十六世紀いっぱい、十七世紀にはいってもなお、存続していた。イギリスのジェームズ一世とロバート・カー、またジョージ・ヴィリヤーズとの関係がこれにあたり、カール五世退位にさいしてのオランニェ公ウィレムの進退のことも、この視角からみるべきである。"
r_coppelia

読書メモ

中世の秋 (上巻) (中公文庫)
ホイジンガ 著、堀越孝一 訳『中世の秋』中公文庫 上巻 1976年9月10日初版 「II 美しい生活を求める願い」 p83

 礼儀作法や儀式などが、美しく高尚に飾られすぎて、生活の遊びと化して、むなしい見せ物に堕してしまった例として、

p83 "処刑台の上までも、位階身分の名誉に、きちんと気が配られた。フランス王軍総司令官サン・ポルが処刑された断頭台は、百合花の紋章を織りこんだ、ぜいたくなつづれ織りでおおわれ、お祈りのさい、ひざまずくためのクッション、目をおおうための布地は、深紅色のビロードで作られていた。また、刑執行人は、まだ一度も処刑を行なったことのない男であった。受刑者にとっては、まことに疑わしい特権ではないか。"
Mukke

読書メモ

返信先露井有悟
あと,やはりヨーロッパの研究者の言語能力はすげえなあというか,いやこの人は名前的にポーランド系だろうからご本人がそもそもスラヴ語おできになる可能性はけっこうあるわけだけど,それを差し引いても,ビブリオざっと眺めただけでも,英独仏波辺りは当然として(博論をシレジアで書いてるので),チェコ,セルビア・クロアチア,スロヴァキア,マジャル,ロシア,ベラルーシ……いやいろんな言語使ってるなと。スラヴ語は相互に似てるとはいえ。マジャル語まで扱うといえば先日のOkeyもそうだけど,これからの中欧研究者はスラヴ語圏やっててもマジャル語が教養になったりするのかなあ。ただビブリオにWikipediaが頻出してて激しくorzとなった。堂々とそんなもんビブリオに挙げないでくださいよ……。
Mukke

読書メモ

トマシュ・カムセラ『近代中欧における言語とナショナリズムの政治』に書かれた,西欧人がどれだけ「東欧」への心理的距離を感じているか,そしていかにドイツ人やオーストリア人がその「西欧」に入りたがっているか,という興味深いエピソード。

〈……わたしは2005年にヴィーンで研究をおこなったとき,ささやかな実験をこころみた。わたしは人文科学研究所のオーストリア人,ドイツ人,そしてその他の西欧人の同僚たちに,ヴィーンはブラチスラヴァ(スロヴァキアの首都――引用者註)からどのくらい離れているかと聞いたのだ。よくある回答は200~500キロメートルだった。実際には,車で両市の中心部から中心部へ行くと66キロメートルなのである。1945年まで,両市は手っ取り早く路面電車で繋がっていたのだが,象徴的なことに,それはこんにちに至るまで再建されていない〉
(Tomasz Kamusella, The Politics of Language and Nationalism in Modern Central Europe, Basingstoke 2008, p.2)

いやしかしこの本,本文だけで900頁超える化け物なので,なかなか読み進められそうにない(Introductionが60頁もある本って,はじめて見た)。Brubakerとかと違って比較的英語がわかりやすいのが救いか。取り敢えずチェコとかハンガリーとかの具体例書いた箇所は読み飛ばすにしても,理論的というか前提となる部分は読んでおきたい。
matsuiism

読書メモ

昨日図書館で、蟹澤聰史(かにさわさとし)『文学を旅する地質学』(2007年)という本を見かけ、目次を見ると、「うお~っ!!」という感じでアドレナリンが出まくるようなテーマが並んでいたので、速攻借りて来た。

第1章 スタインベック『怒りの葡萄』とルート66
第2章 ゲーテの『ファウスト』と花崗岩の成因、『イタリア紀行』における地質学的観察
第3章 宮澤賢治の『春と修羅』とノヴァーリス『青い花』に共通するもの
第4章 漢詩をとおして見た中国の地質
第5章 魯迅と地質学の接点を探る
第6章 大岡昇平の作品と地質学
第7章 『ニルスのふしぎな旅』『ペール・ギュント』と北欧の地質
第8章 地中海東部の地質とギリシア神話
付表 地質年代表と地球上でのおもな出来事

著者は東北大学名誉教授の理学博士で、岩石学・地質学・地球化学が専門らしい。『石と人間の歴史――地の恵みと文化』(中公新書、2010年)という著書もある。

少し拾い読みしてみると、たとえば大岡昇平氏の書斎には日本地理学会の学会誌「地理学評論」がギッシリ並んでおり、それに感心した地質学者が勧誘して、昭和28(1953)年に大岡氏は地質学会に入会し、終生会員だったそうである。大岡氏は、「鳥居龍蔵の『武蔵野及其有史以前』を読んだこと、ダンネマンの科学史やゲーテ、フンボルトの影響を強く受けたこと、俘虜となったフィリピンでも地形に注意していたこと」を、埴谷雄高との対談で語っているらしい。
tari-G

読書メモ

返信先matsuiism
先日、この記事を見て、そのまま、一通りイガンやら、現在の当主やらをいろいろ調べてしまいましたよ。
 
昔は、というか子どもの頃は、系図の載っていた歴史地図や、広辞苑とか百科事典とかを同じようにひっくり返したものだけど、いまはネットである程度簡単に調べられますからねぇ・・・
平凡社も大変ですよね。
 
でも、すぐ調べ始めたおかげで、こちらにコメントとかできなくなってしまったのだけど… すんません^^;
matsuiism

読書メモ

伊藤之雄『伊藤博文をめぐる日韓関係』では、韓国併合に伴って、韓国の皇族や貴族が「王公族」として遇せられることになった事情が書かれているが、興味深いのは、高宗の五男・李堈(イガン、1877-1955)の動向である。

《併合後、総督府に対し最も不満を示した王公族は、李堈公であった。彼は一九一一年(明治四四)六月から一九一二年(大正元)一二月にかけて寺内正毅朝鮮総督に陳情書や書状を出して李王職事務官の李堈公家の財産管理の厳しさなどの不満を訴えた。さらに、翌一三年八月から一〇月頃の間に、李堈公は袁世凱中華民国臨時大総統に対し、李太王から三〇万円を贈って旧交を温め、他日、袁の援助を得て韓国の国権を回復しようとする運動を行った。》

《また一九一五年七月には、朝鮮独立運動家の鄭馹永(チョンイルヨン)や金思洪(キムサホン)は、朝鮮独立のため中国・ドイツと提携することについて、李太王もしくは同王の意を受けた李堈公が署名した全権委任状を得ようとして、李堈公に会見を求めた。李堈公は趣旨に同意を示したが、日本の巡査がいるので会うのは危険であると、金思濬(キムサジュン)男爵(娘が李堈公に嫁す)と協議せよとの指示を出したという。》
matsuiism

読書メモ

昨日、図書館で伊藤之雄『伊藤博文をめぐる日韓関係』(2011年)という本を借りて、少し読んでみたが、「時計の針を元に戻す」ような論調でがっかり。

学問的には、「伊藤の政治家としての全生涯の動向を検討した上で、それと関連づけて韓国統治を論じる」というテーマに沿って、史料をきちんと読み込み、再検討するというスタンスだが、結局のところ、帝国主義の時代にあって、日本は韓国を近代化するために干渉した、結果的に韓国を併合することになったという陳腐な擁護論にしかなっていない。

《国民国家を作り帝国主義政策を行うという近代化をしなければ、独立国家として存続できないという状況下で、伊藤には韓国が国民国家になる道筋が見えなかった。この韓国に対し、伊藤は日本主導の近代化、韓国における国民国家の形成を目指したのである。》

「日本の近代化」ということに「日本の独立」という条件が含まれているとすれば、「韓国の近代化」ということにも「韓国の独立」という条件が含まれていなければならない。「日本主導の近代化」には、その基本的な条件が欠けており、それゆえに民衆の執拗な抵抗や大規模な独立運動が起きたという事実がここでは看過されている。

ただ、伊藤が韓国の統監になるに際して、すでに台湾の植民地支配という先例があり、台湾のように武断統治が行われれば、「韓国人の反日活動を誘発し、治安の費用や近代的産業の遅れによって統治費用が増大する」、また、「列強との関係においても、韓国におけるその特権を強引に削減すれば、日本が国際的に孤立し、軍備増強などが必要となり軍事費負担が高まる恐れがある」、そうならないように、「まず自分が韓国統治の土台を作ろう」と伊藤が考えたという指摘は納得できる。
r_coppelia

読書メモ

次元がいっぱい (ハヤカワ文庫 NF 28 ―アシモフの科学エッセイ 8)
『次元がいっぱい』 アイザック・アシモフ 酒井 昭伸 訳
第一部 数学
1. Tフォーメーション

"たとえば、『数学と想像力』 Mathematics and Imagination (一九四〇年出版)と題された書物のなかで、著者のエドワード・カスナーとジェイムズ・ニューマンは、"グーゴル" と呼ばれる数を紹介したが、これはきわめて大きな数で、すぐさま一般向けの数学書や数学記事にとりあげられた。
 個人的には、わたしはこの命名が悪趣味だとは思うが、この名前を考えたのは、著者の片われの子供なのだ。誇り高い父親としては、ほかにどうすることができただろう? ゆえに、われわれは永遠に、この赤ん坊の喃語じみた名前に苦しめられることになったのである。"
matsuiism

読書メモ

外村大『朝鮮人強制連行』(岩波新書)より。

基本的な捉え方。まず日本の行政当局や個別企業がこの政策の「当事者」であること。同時にそれは日本人労働者の労働条件や待遇の問題につながっていること。

《まず朝鮮人労務動員は日本の労働問題の一環として存在している。それゆえ、この問題をめぐる議論は、日本人労働者の労働条件や待遇――特に人手不足が目立っていた炭鉱等におけるそれ――のあり方について考える材料も提供する。》(p15)

《総力戦としての日中戦争が始まった時点で労働力不足が問題となっていたのは主に炭鉱であり、その原因は他産業よりも労働条件や待遇が劣る点にあった。そこにおける労働者充足のための方策は何も朝鮮人労働者を連れてくることに限定されていたわけではない。付け加えれば日本語が通じぬ未熟練労働者である朝鮮人労働者の導入は、個別企業や行政当局にとってメリットばかりというわけではなかった。
 したがって、戦時下の労働力不足という状況にあっても朝鮮人労働力の導入を行うか否かは無条件、必然的に採用されるべき政策とされていたわけではない。》(p14)


労務動員計画の策定(一九三九年七月四日に閣議決定)
《そしてそのなかに、日本内地の炭鉱等に配置するべき労働力の給源として朝鮮半島からの労働者八万五〇〇〇人分が計上されたのである。これが日本帝国による日本内地にかかわる朝鮮人労務動員政策の最初の決定である。》(p42)

各省庁の思惑の違い。
《日本内地側のこの問題に関係する省庁としては、厚生省と治安問題担当の内務省のほか産業政策を担った商工省がある。このうち商工省は当初より朝鮮人導入に賛成であったのに対して、内務省と厚生省は一九三九年四月段階でも賛意を示していなかったことが当時の報道から確認できる。両省の担当する行政の内容を考えれば、消極論は戦後における失業問題や民族的な葛藤を含む治安へ... (続きを読む)
matsuiism

読書メモ

外村大『朝鮮人強制連行』(岩波新書)より。
現代的課題との類似。

《これとともに筆者はそれが意外に現代社会の直面する問題、具体的には外国人労働者の導入・活用、処遇といった問題とも類似性をもつものではないかと考えるようになった。》
《意外に、というのは、これまでの朝鮮人労務動員にかかわる研究では外国人労働者問題との類似性を指摘したり、それを視野に入れて考察したりするものは見当たらなかったためである。これは朝鮮人労務動員が戦争という異常な事態の中で展開された悪辣な犯罪的行為であり、平時における国際的労働力移動とは異なるし、区別して論じるべきだという認識によっていると思われる。またそれが極度の労働力不足という切迫した状態の中で議論もないまま官民一体で強力に遂行されたというイメージで捉えられてきたことも影響しているだろう。》(p13)

《だが現代の外国人労働者も戦時下の朝鮮人労務動員も、労働力不足を背景にホスト社会のマジョリティが忌避する職場で就労させるために導入された点では同じである。若年労働力の減少という事態も、今日は少子化、戦時下は軍事動員という事情の違いはあれ(戦時下においては平時に戻れば労働力不足は解消する見通しであった点も異なるが)、共通している。》
《そして朝鮮人労働者の導入や彼らの処遇、社会統合をめぐっては、今日の外国人労働者に対して日本社会に存在するようなものと似通った議論が――公開的に言論を展開する機会が限定されていたこともあって量的には相当に少なかったにせよ――存在していたことが確認できる。》(p13~14)
matsuiism

読書メモ

姜在彦『日本による朝鮮支配の40年』(朝日文庫)より。

《もちろん労働力としてだけではなく、兵力としても動員したのです。年代順にいうなら、一九三八年二月から陸軍特別志願兵制度を実施していますが、それは徴兵制を実施する前提として「之ニ至ル過渡的方法」といっています。》(p173)
《つづいて一九四三年七月には海軍特別志願兵令がはじまり、また軍属として捕虜収容所の監視員になって、戦後BC級戦犯として処刑された人もかなりいます。女子挺身隊(ていしんたい)とかいって、軍隊の慰安婦にさせられたことも最近明らかにされています。そして同年十月には、朝鮮人学徒特別志願兵制度が実施される。》(p174)
《…いろいろ志願兵制度を積み上げた上で、いよいよ一九四四年(昭和一九)四月から徴兵制が布(し)かれます。》(p175)

外村大『朝鮮人強制連行』(岩波新書)より。
本書で論じる対象。

《もっとも軍人や軍属としての動員、慰安婦についてまでカバーすることはできず、専ら政府決定の計画、正確な用語を用いれば労務動員計画(一九三九~一九四一年度)と国民動員計画(一九四二~一九四五年度、ただし一九四五年度は年度を通じた計画は立てられなかった)の枠のなかでの労働者としての動員(これを朝鮮人労務動員と呼ぶこととする)に焦点をしぼって史料を収集し考えてきた。》
《そして朝鮮人強制連行と言った時に人びとが一般的にイメージする、戦時下に朝鮮から連れてこられた人びとの日本内地での炭鉱や土建工事現場での就労は、大概が労務動員計画・国民動員計画に基づいて行われたものだ。》(p8~9)
▼はてなハイクの今月のスポンサー

規約違反を通報

非表示設定

表示内容を選択