tick2tack はてなハイク市民 (銀 258日)

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「不利な情報を隠す」社会運動の大きな問題の一つは、無知な味方だらけになること。
そして、味方の多くが歪んだ知識であるということを失念しがちなこと。
攻撃のために相手側の無知ばかりに注目して、味方の認知の歪みに気を払わない。

不利な情報を隠し強いインパクトを与えて味方にするため、その人達は本来あるべきよりも過剰な態度を取るようになる。
無知で過剰な態度、つまり「無能な働き者」を量産する戦略である。
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用語の定義者がどう意図してるかは知らんが、トーンポリシングは酔っ払いで考えるのが分かり易いと思う。
酔っ払いが言ってるという理由をもってその発言を嘘だとすることはできない。
しかし酔っ払いとまともに議論ができるとは思えないのでスルーする、というのはあるだろう。

酔っ払いでなく嘘つきでも成り立つな。嘘つきはクレタ人みたく常に嘘をついてるわけでないし。
トーンではないけど。
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意見の「結論を重視」と「過程を重視」の違いとも。

中高の数学では答えよりも途中の式が重要だと教わる。
間違った考え方や勘でもたまたま答えが合ってしまうことはある。
同じように意見も結論でなく途中の思考過程が重要。
同じ結論でも思考過程が違えば別意見だし、結論が違っても過程が同じなもののほうが近い意見と言える。
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はてブを見てると左と右のイデオロギーの対立、というものはそんなに無い気がしてしまう。
はてブで見られる対立の多くは、何かが気に食わないという感覚から来てるもののように思う。
イデオロギー的なものとして左右よりも大きいのは、共感志向とエビデンス志向の対立だと思う。
もうちょっと正しく言うと、「エビデンスを重視しない」と「共感を重視しない」の対立。
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問題の一つに「無知である方が気兼ねなく攻撃できる」というのがある。
情報を集めることで相手側が悪というわけでもないかも、となってしまうと叩くことが出来なくなってしまう。

ブラック企業で、労基法をちゃんと学ばなければ違法だということを意識せずに無茶ぶりできる、みたいな。

刑事事件で有罪が確定するまでは容疑者を非難しない、だとニュースを見て感じた苛立ちをぶつけられない、というのにも通じるものがあるかも。
適切な態度だとフラストレーションを解消できない。

たとえばこういうのも、ググればいくらでも情報が出てくるのにそうしない人が多く、たくさんのスターがついてる。
http://b.hatena.ne.jp/entry/367956724/comment/mnby
”高齢者が電気代が高くて払えないからエアコンつけないという前提はなにかエビデンスあるのかな。子育て世代が一番電気代下げてほしいところだと思うけど。”
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社会を改善していくには情報を集めてなるたけ現状を把握し、どうしていくかを考えるのだと思ってたが
はてブを見てると現状維持がメインの右派はともかく、左派の人達の多くも情報をたいして気にしないように見える。
web時代になったとはいえ情報を集めるのはめんどくさいので当然だよねとは思っていたのだが、
情報へのリンクが提示されていても見ない人がほとんどだったりする。
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昔は世に出回る情報は正しいものが生き残るのだと思っていたが、全くそんなこと無いよな。

・広めること自体を目的として手段・経路を選択
・好まれやすい情報(イデオロギーなどに沿ったものや不安を利用)
・コミュニティを形成

一旦コミュニティが形成されると、正しい情報を提示しての態度変化を望むのは無理になる。
新しく取り込まれる人を減らす方向にシフトするしかない。
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古い人達はまだ社会運動を前世紀のやり方でやれると思ってるのかもしれない。
大衆への情報発信を行えるものが限られていたから有効だった手法というものもあるだろう。
情報をコントロールして大衆を先導するとか。

しかしITが発達した現在では誰かが見つけた情報はすぐに共有されてしまう。
様々な専門家が自由に発信できる状況下で社会調査に関する情報を隠しておくことは非常に難しいし、
そもそも一般に降りてくる情報量が昔と全く違うため、自分特有の情報だけでは大衆をコントロールことができなくなっている。

そういう状況下で都合の悪い情報を隠そうとしても他の情報との整合性が取れない情報として破棄されるだけにしかならない。
都合の悪い情報の隠蔽がバレたときのリスクは変わらないか、問題がすばやく共有されるという点ではむしろ増してるかもしれない。
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はてブとか見てると自分たちが使う手法は、敵対者も使うのだという認識がない人たちが多いと思う。

政府の出す統計は信用できない、という人達は、では女性が不利益を得ているという統計データを信用出来ないと却下されてもよいのだろうか。
一時期増田でオタクだか萌え絵だかを批判するエントリがちょくちょく上がってたことがあったが、そこで使われる論はそのまま移民などマイノリティを攻撃できるものだった。

ある種の手段を自分たちだけが都合良く使える、みたいな感覚でいるのか。
単にその場その場で都合よい結論を出せれば整合性など気にしないということなのだろうか。
お互いがそのような行動を取る場合、権力を持つ側が有利だということをもっと考えるべきである。

また刑を終えた犯罪者に対し不安を感じ関わりたくないと思うという人は多いが、移民を拒絶する態度もまたそれと同じだったりする。
出所者に不安を感じる人は移民に不安を感じる人に対してもう少し理解を示すこともできるのではないか。
しかしはてブでは前者が後者を避難する形が多い。
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https://en.oxforddictionaries.com/definition/justice
"The quality of being fair and reasonable"

https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/justice
"fairness in the way people are dealt with"

正義よりかは(社会的)公正さ(social equity)のほうが良いか。
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左派の主張は正義を基盤としてると思っていたので(実践できてるかはともかく)、それを捨ててるとは思わなかった。
しかしマイノリティが戦うためには正義は必須なわけで、なにがしたいんだとしか。
意見の正当性を無視できるのならチカラを持つものが有利に決まってる。
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最近で一番大きかったのは上野千鶴子が「不利なエビデンスは出さない」と言ったときに「社会運動家としては正しい」という人が多数いたこと。
これはほんともうなんというか、左派の人達というものについて考え直すきっかけになった。
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ハイク書かなくなったのはあれなんだよな、議論の途中でちょっと頭冷やそうと思って間をとったらそのままモチベーションがなくなっちゃったんだよな。
鉄は熱いうちにうて、内容おかしくてもいいから勢いで書くべきなのだろう。
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ハイクは微妙に換えのきかないポジションのツールなんだよな。
ツイッターはやはり違うし。
人の少なさという点ではマストドンは近いかもだが。
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はてなハイクも終了までカウントダウンな状況だし、どうせ消えるなら適当な思いつきをどんどん投稿するのもいいか。
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ブコメの「リンク」でなく日付のリンクを使えばブコメをブクマしたときに通知を飛ばせるのね。
どっかで耳にした気もするが、idコールあるのでいらないじゃんと思ってた。
idコールない間はこれ使えるな。
運営がidコール相当のものを再実装するかあやしいし。
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また落ちてるけど攻撃を受けてるとかなのか、運営のミスなのか
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差別

返信先gustav5
正直ご自分でも気づいてると思いますが、言語や宗教は "ほぼ永久的に変化しない" なんてことはありません。 
この定義では人々が言語や宗教を変えることは保護の対象に値しない、まともでない行為だと言ってるようなものです。 
国連人権規約にそのようなあやふやな理由によって守られるべきものとそうでないものを分けてるという話はありません。 
よく差別主義者が生得的かをもって差別になるかどうかを分けようとしたりしますが、"ほぼ永久的に変化しない" という定義はあいまいで恣意的な運用がしやすいためより悪辣だと考えます。 
 
また釈迦に説法でしょうが、性的指向は先天的というよりは後天的なものというのが妥当です。 
胎児時の男性ホルモン曝露の程度の違いで性的指向に差が出てくることが知られているように(例えば https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1090513800000520)、器質的なものはあくまである性的指向へのなり易さに差があるというだけで、実際にどう指向するようになるかは後天的なものによって決まります。 
生まれたときに特定の性的指向をもって生まれる人など居ないのです。 
当然、人生の途中で変化することもあるでしょう。 
 
もし本当にこれらのことが同意できないというのであれば、話がかみ合わないというのはそうなんでしょう。 
 
 
> 差別が存在すれば対象者が強い抑圧もしくは抑圧を感じかねないのですが、強い抑圧もしくは抑圧を感じる人間を矢面に立たせながら抑圧を受け止め続けろ 
 
なぜか差別があること前提になっていますが、笑いがあっても差別が無ければいいのではないでしょうか。 
笑いがあっても "そのような共通意識が出来なければ" 抑圧を感じる理由が無いと思います。 
 
 
> 昨今の黒人が反発するような発言が消えない状況を考えると、頭を抱えてしまうのです 
 
人々の認識の変化が必要な社会問題の解決には時間がかかるものです。 
少なくとも我々は50年前とはずいぶんと差別が減ったことを知っています。 
社会問題の解決が遅れる原因の大きなものとして、変化を急ぐあまり不適切な対応をしてしまうというものがあると思います。 
現状を正しく認識し、議論を深め、好ましい認識を社会に広めることに励むことが、けっきょくは一番早いのだと思います。 
 
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差別

返信先gustav5
先ずはっきりさせたいのは「マイノリティ」と「マジョリティ」ではないということです。 
「あるマイノリティの人」と「それ以外の様々なマイノリティの人々」です。 
特定のマイノリティはあくまで特定の文脈上でのマイノリティでしかないです。 
例えば性指向という分類ではマイノリティの人も人種という分類だとマジョリティだったりするわけです。 
あくまで特定の文脈上でのみ、そのマイノリティとマジョリティとなります。 
誰しもマイノリティとなり得る要素を複数持っています。 
体系、風貌、体毛、出身、民族、職業、収入、風習、発声、作法、知識、能力、年齢、交友、恋愛、学歴、障害、病気、宗教、思想、嗜好、などなど。 
場に複数の人間が居るとして、最初の文脈で一人の人がマイノリティであったとしても、次の文脈ではその人はマジョリティとなり別の人がマイノリティになったりしうるわけです。 
文脈がどんどん変わるなら特定のマジョリティがその場の特別となることはないでしょう。 
世の中は「マイノリティ」と「弱い部分の全く無い大勢」のようなものでは決してありません。 
 
 
> 同化の強化というのは書いていませんが 
 
完全に間違えてました。失礼しました。 
 
 
>「文化・価値観を合わせることの強要」ってのは笑いに限らず起きます 
 
書かれてる通り笑いに限らず起こるもので、笑いに限らず改善されるべきものだと思います。 
笑いを規制したからといって強要がなくなるわけでなく、別の態度の強要に移るだけです。 
例えば米国大統領選で「女性なのにトランプに怒らないだなんて!」という圧力がありました。 
「トランプ支持の女性」はマイノリティで、笑いでなく怒りの対象とされたり、強要されたりするわけです。 
では怒りも規制すべきでしょうか。 
障害者が頑張ってるのを見て感動すると感動ポルノだと揶揄されます。 
当然「みんな感動しているのになんでそんなことで文句をつけるのか」という問題があり得るので、感動することや頑張れと思うこと、かわいそうだと思うことも規制すべきでしょうか。 
 
問題なのは笑う、怒る、感動するという態度そのものでなく、それらをもって行われる蔑みや排除、思想の強制、尊厳の棄損など不利益な行為がマイノリティの意に反して行われることです。 
「マイノリティの意思を尊重しない」ということが問題なのです。 
ある態度を規制したところで別の態度でまた問題が出るでしょう。 
好ましい解決の形は行為者側がマイノリティがどう思い感じるかを考えるようになる、というものになるのだと思います。 
態度の規制は分かり易いですが問題に蓋をするだけで解決するわげてはなく、好ましい解決へ向かう努力をする機会を奪ってしまいます。 
なるべく社会が改善のために漸近的な努力をできる機会のあるやり方が望ましいのではないでしょうか。 
 
 
> 少数であるがゆえにえてして反論や訂正の機会はほぼありませんし、あったとしても一旦ついてしまったものの印象を拭うことはそう簡単なことではない 
 
重箱の隅になってしまいますが、マイノリティとは社会的弱者のことなので少数とは限らないですし弱者だけでなく強者も少数であり得、訂正機会の少なさも印象の改善の難しさも違いは無いと思います。 
ただもちろん弱者のほうがマイナス印象の影響は大きいのは間違いないです。 
 
とはいえ訂正の機会がそんなにないとは思えません。 
例えば黒人について間違った印象が形成されたとして、もう訂正する機会がほぼ無いと考えるでしょうか。 
影響力の強い、特に旧メディアはだいたい窓口が存在します。 
訂正の機会は同じメディア上である必要はないですし、webで各人がマスに発信することができる時代なので様々な手を使うことができます。 
間違った印象を持った人すべてにいきわたる、というのは無理でしょうが訂正の機会が無いということは無いと思います。 
またその属性に対する直接的な訂正でなく、人々がそもそもマイノリティへの態度がどうあるべきかなどを学ぶことで、一括して解消されることもあり得るのではないでしょうか。 
 
 
> 「いろんな人がいろんな理由で笑いとなる」ということで解消される・解消すべきなのでしょうか 
 
"すべき" というのが「この手法であるべきか」という話なら、もちろんより良い手段があればそれが良いでしょう。 
もしその「良い手段」というのが笑いの規制であるなら、賛成できません。 
規制は問題に触れなくしてしまい根本的な解決の努力を行うことを困難にします。 
 
 
> 実際には机上の空論に過ぎないのでは 
 
もちろん必ずうまくいくとは限りません。 
一発で成功するわけでもないでしょうし、改善努力をし続ける必要があります。 
 
そしてそれは笑いの規制も同じでは無いでしょうか。 
行為者が改善努力を行わず易きに流れたりする可能性を心配するのであれば、同じように規制をせずに易き笑いを取りに行く可能性もまた、あると言えるでしょう。 
バックラッシュの心配も必要かもしれません。 
あるやり方はうまくいく前提なのに別のやり方は失敗する前提、のように考えるのはうまくないと思います。 
 
 
> 美少女を凌辱する作品を美少女になれない男性が、美少年を凌辱する作品を美少年になれない女性が、好む傾向がないわけではない 
 
ちょっとよく分からないかったです。 
 
 
> 差別的な笑いが繰り返しなされることであいつらは笑っていい存在である≒同じ人間ではないという意識が生まれかねず、そこに差別が増幅してしまうのではないか、という危惧があります。どこかで止めて欲しいというのがあります 
 
また重箱の隅になりますが、差別は対象が社会から排除されることによって差別となります。 
なので「笑っていい存在」という共通意識が社会にできた段階で、その笑いは差別的行為となります。 
 
言い換えればそのような共通意識が出来なければ、その笑いは差別的行為ではなくなります。 
笑いを規制することで共通意識を形成させないよりかは、笑いをやってもその共通意識が形成されないようにする方法を考えたほうが、自由を妨げず好ましいのではないでしょうか。 
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