古代史妄想
魏志の対海国という表記について、海は馬の誤写とする説明を見ることがある。しかし海の上古音はマにやや近いので、上古音で宛てられたとすれば誤写と見る必要はないことになる。対の上古音はツドに近い。一方、古事記では対馬は津島に作る。弥生時代末期には連濁でツジマのように発音したのかもしれない。
古代史妄想
呼の字の上古音は hag 、中古音は ho あるいは wo に近い音で、日本語の上古音には h 音がなかったのでコまたはヲに訳した。
狗の字は上古音が kug、中古音はコウに近く、呼とは離れている。
魏志ではヒコとみられる語に卑狗を宛てているので、卑弥呼を原音がヒミコで、末の音節がヒコと同じ音だったかどうか問題がある。
そこで卑弥呼の呼をホとし、弥呼で後世の人名や地名にもみられるミホであるとする説や、ヲとみて漢語の王の音を写したものとする説がある。
狗の字は上古音が kug、中古音はコウに近く、呼とは離れている。
魏志ではヒコとみられる語に卑狗を宛てているので、卑弥呼を原音がヒミコで、末の音節がヒコと同じ音だったかどうか問題がある。
そこで卑弥呼の呼をホとし、弥呼で後世の人名や地名にもみられるミホであるとする説や、ヲとみて漢語の王の音を写したものとする説がある。
古代史妄想
そして遺跡から知られるところの弥生時代の鉄器の分布から見て、北九州の邪馬台国がいちはやく鉄器の組織的活用を始め、それによって出雲を中心とする青銅器文化圏がほころび、国譲りからヤマト王権の成立へとつながっていったのではないだろうか。銅鐸の埋納や破却はそれを示しているのではあるまいか、という古代妄想。
古代史妄想
出雲王権が実在したとすればそれはどんなものであったか。おそらく出雲は青銅器の製作と流通における要地であった。しかし出雲には農耕の適地は少ないので、各地に青銅器を供給することによって穀物を得ていた。その最大の供給地は奈良盆地にあったであろう。この流通網によって出雲と各地方の間で人の交流や信仰の共有が行われ、ゆるやかな水平的連合が形成されていたのではないだろうか。
古代史妄想
古事記と日本書紀には共通して二つの王権起源説が記されている。一つは天照大神が言依せしたという神授説で、もう一つが大国主から譲り受けたという禅譲説。しかし記紀の構成は全体としては神授説に傾いている。
禅譲説を説く国譲り神話は記紀の中で異質であり、神授説の立場から見れば邪魔でさえある。にもかかわらずこれが重要な位置を占めているのは、記紀編纂当時においてこれが動かしがたい史実に基づくものであると考えられていたことを示唆するのではあるまいか。
そしてその実年代は、畿内における古墳時代の始まりをヤマト王権の起源と見る場合、国譲りはその前段階であるのだから、三世紀の後半、おそらく260〜290年頃の範囲に限定できるのではないだろうか。
禅譲説を説く国譲り神話は記紀の中で異質であり、神授説の立場から見れば邪魔でさえある。にもかかわらずこれが重要な位置を占めているのは、記紀編纂当時においてこれが動かしがたい史実に基づくものであると考えられていたことを示唆するのではあるまいか。
そしてその実年代は、畿内における古墳時代の始まりをヤマト王権の起源と見る場合、国譲りはその前段階であるのだから、三世紀の後半、おそらく260〜290年頃の範囲に限定できるのではないだろうか。
古代史妄想
「魏志」倭人伝に「その南に狗奴国あり」としているのを、九州説では熊本方面に比定するのが一般的。しかし、記紀の記述からは熊襲が敵として現れるのはもう少し後の時代のようにも思える。記紀ではより古いヤマト王権の対抗勢力として現れるのは出雲。後漢書が魏志の記述を踏まえつつ、東に狗奴国があると訂正しているのがあるいは正しいのだろうか。
古代史妄想
銅鐸ってどことなく縄文土器に似てるから、弥生時代になって縄文土器が売れなくなって食い詰めた職人が青銅器の技術を必死になって身に付けて考え出したんじゃないかという情景を想像すると面白い。
古代史妄想
こう読んでみると、神武東征はほとんど全体を兵法論的に読めるので、もしかすると上古には兵法の教育のために作られた語りものがあり、その遺存したものが記紀神話著述の過程で神武東征説話を構成するための材料として使われたのではないか、というおれの古代妄想。
古代史妄想
間者みたいなのが繰り返し出てくるのは、孫子の価値観では「間を使いこなすのはとてもえらい君主」だということになっていることと関係があるのではないか。つまりイハレビコ=神武天皇を持ち上げているわけだ。
古代史妄想
奈良盆地に入ってから、謀略的に敵を倒す話が特筆されているのは、孫子が「闘うより謀によったほうがマシだ」と言っているのと対応する。エウカシを殺すとき、その弟オトウカシが寝返っているのは、孫子のいう「反間」にあたる。
最後に天つ神系の仲間らしいニギハヤヒが出てくるのは、やはり間者で、現地の豪族トミビコの妹と結婚しているので、先に入り込んでいろいろと工作し、イハレビコの手引きをしたのではないかと思わせる。
最後に天つ神系の仲間らしいニギハヤヒが出てくるのは、やはり間者で、現地の豪族トミビコの妹と結婚しているので、先に入り込んでいろいろと工作し、イハレビコの手引きをしたのではないかと思わせる。
古代史妄想
白肩の津ではナガスネビコの軍と戦い、イワレビコの兄イツセの命が矢を射られて死んでしまう。これは、孫子が「敵の城に正面から突っ込むのは下策だ」と言っているのと対応する。
一度敗走し別の経路から奈良盆地に入ろうとするとき、国つ神のニヘモツの子、ヰヒカ、イハオシワクの子等が出てくるのは、やはり郷間を傭ったということだろう。
一度敗走し別の経路から奈良盆地に入ろうとするとき、国つ神のニヘモツの子、ヰヒカ、イハオシワクの子等が出てくるのは、やはり郷間を傭ったということだろう。
古代史妄想
古事記の神武東征説話もただ読んでいると意義がわからないところが多いが、兵法論的に読んでみるとどうか。まずは動機。
イワレビコは「天下平定するのに良いところはどこか、東に行ってみよう」と言って出発する。これは孫子の言う「衢地」を押さえに行こうという意味にとれる。衢地は四方から道の集まるところ、交通の要衝で、他のものに取られると自分が従属する立場になりかねないという危機感を読み取れる。
次に速吸の門で国つ神のサヲネツヒコを味方に付けたというのは、現地の人を傭って間者として使う「郷間」を引き入れたということになる。
イワレビコは「天下平定するのに良いところはどこか、東に行ってみよう」と言って出発する。これは孫子の言う「衢地」を押さえに行こうという意味にとれる。衢地は四方から道の集まるところ、交通の要衝で、他のものに取られると自分が従属する立場になりかねないという危機感を読み取れる。
次に速吸の門で国つ神のサヲネツヒコを味方に付けたというのは、現地の人を傭って間者として使う「郷間」を引き入れたということになる。

