karlaの読書メモ

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坊っちゃんが考えること:

「一体中学の先生なんて、どこへ行っても、こんなものを相手にするなら気の毒なものだ。よく先生が品切れにならない。よっぽど辛防強い朴念仁がなるんだろう。おれには到底やり切れない。それを思うと清なんてのは見上げたものだ。教育もない身分もない婆さんだが、人間としてはすこぶる尊とい。今まではあんなに世話になって別段有難いとも思わなかったが、こうして、一人で遠国へ来てみると、始めてあの親切がわかる。越後の笹飴が食いたければ、わざわざ越後まで買いに行って食わしてやっても、食わせるだけの価値は充分ある。清はおれの事を欲がなくって、真直な気性だと云って、ほめるが、ほめられるおれよりも、ほめる本人の方が立派な人間だ。」

「本来なら寝てから後悔してあしたの朝でもあやまりに来るのが本筋だ。」
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「坊っちゃん」の考え方:

「一体中学の先生なんて、どこへ行っても、こんなものを相手にするなら気の毒なものだ。よく先生が品切れにならない。よっぽど辛防しんぼう強い朴念仁ぼくねんじんがなるんだろう。おれには到底やり切れない。それを思うと清きよなんてのは見上げたものだ。教育もない身分もない婆ばあさんだが、人間としてはすこぶる尊たっとい。今まではあんなに世話になって別段難有ありがたいとも思わなかったが、こうして、一人で遠国へ来てみると、始めてあの親切がわかる。越後えちごの笹飴ささあめが食いたければ、わざわざ越後まで買いに行って食わしてやっても、食わせるだけの価値は充分じゅうぶんある。清はおれの事を欲がなくって、真直まっすぐな気性だと云って、ほめるが、ほめられるおれよりも、ほめる本人の方が立派な人間だ。」
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『坊っちゃん』より

坊っちゃんの人物像:
「おれは卑怯な人間ではない。臆病な男でもないが、惜しい事に胆力が欠けている。」
「おれは江戸っ子で華奢に小作りに出来ている」
「ほかの教師に聞いてみると辞令を受けて一週間から一ヶ月ぐらいの間は自分の評判がいいだろうか、悪るいだろうか非常に気に掛かるそうであるが、おれは一向そんな感じはなかった。」
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『坊っちゃん』より

「学校で逢った時はやに横風な失敬な奴だと思ったが、こんなにいろいろ世話をしてくれるところを見ると、わるい男でもなさそうだ。ただおれと同じようにせっかちで肝癪持ちらしい。あとで聞いたらこの男が一番生徒に人望があるのだそうだ。」

これが山嵐こと堀田教諭のこと。

「山嵐はそうさアハハハと笑ったが、あとから真面目になって、君あまり学校の不平を云うと、いかんぜ。云うなら僕ぼくだけに話せ、随分妙な人も居るからなと忠告がましい事を云った。」
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”The wasting problem, scientists were learning, was a symptom of disordered metabolism. The young birds could not produce sufficient energy to survive. Though one would not at first suspect that this problem had anything in common with the gay gull phenomenon, it also stemmed from the disruption o the endocrine system and hormones.” (p25)

(Our Stolen Future)
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"John Harshbarger, a leading expert on cancer in wildlife from the Smithsonian Institution, had responded that historical data showed that large outbreaks of cancer in fish had been reported only since the chemical revolution of the past half century, which had poured countless tons of man-made chemicals into the environment." (p16)

"The phrase is automatic: "cancer-causing chemical." The habit of mind is so ingrained, we do not even recognize the conceptual equation that has dominated our thinking about chemicals. For the past three decades, the words "toxic chemical" have become almost synonymous with cancer not only in the public mind but in the minds of scientists and regulators as well. (p19)

"Reports in the scientific literature indicated that a number of synthetic chemicals, including the pestici... (続きを読む)
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養老孟司 著『バカの壁』(2003)

第七章
「親は文句を言うし、校長にも怒られるし、PTAも文句を言う。自分の信念に忠実なんてとてもできません。仕方がないから適当にやろうということでしょう。
 現在、こういう教育現場の中枢にいるのが所謂「団塊の世代」です。大学を自由にするとか何とか言って闘ってきた年代の人がそうなっちゃっているというのはおかしなことに思えるかもしれません。が、私は学園紛争当時から、彼らの言い分を全然信用していなかった。

「退学」の本当の意味
 団塊の世代、戦後民主主義の世代から通用しなくなった言葉のひとつが「退学」です。かつての共同体では「退学」は復学が前提になっている、というのが暗黙のルールでした。
 本来、退学と言われても担当教官が二名付いて、退学処分を受けた学生が一年通って指導を受けていれば、「改悛の情あり」とか何とか言って、復学させてもらえていた。それが退学だった。共同体というのは絶対に人を追い出さないものなのです。
(…)
 その後、森校長は放校者を対象とした高校の卒業検定試験を実施し、彼らを実質卒業させた。さらに、各大学を回って、放校者たちが成績良好な場合には、スト処分されたという理由だけで忌避しないように懇願してまわったというのです。つまり退学にはしたものの、救済もした。共同体として救いの手を差し伸べたわけです。
 その一方で、その後、自分は責任を取って学校を辞めた。これもまた共同体というものの性質なのです。一方で信賞必罰をきちんとやるけれども、他方で、将来を傷つけるつもりはない、ということでフォローをした。
 その辺がグズグズになってしまっているのが今の教育現場の状態。問題は生徒の将来ではなくて、ごく小さな共同体の論理が先行している。だから「退学」は言葉通り、生徒の追放。その後のフォローは無い。どこかリストラという形で社員を追放する会社にも似ています。」

「自然を学... (続きを読む)
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養老孟司 著『バカの壁』(2003)

第六章
「賢い人と賢くない人の脳は違うのか。外見はまったく変わりません。
(…)
 脳は人によってそんなに違うものではない。脳を構成しているのは、神経細胞とグリアと血管、それだけ。(…)グリアは脳の機能として直接には何もしておらず、神経細胞を生かすために働いているものです。
(…)
 脳というものは複雑かというとそんなことはなくて、組織としては極めて単純なものなのです。
(…)
 ところが、そんな単純なものが意識を発生させる、というと訳がわからなくなってしまう。
(…)
p134 この興奮の速さが頭の回転の速さに繋がるかというとまったくそんなことはなくて、これは化学的に速さは決まってしまっている。

「p130(…)実際に、脳の仕組み、神経細胞の働きについては、既に「ニューラル・ネット」というモデルで説明がなされています。
(…)
 脳にある神経細胞はどう働いているのか。神経細胞自体は興奮するかしないかのどちらかしかない。
(…)
 このニューラル・ネットの学習曲線は、子供が字を憶える時の学習曲線とほぼ同じだということがわかっています。(…)驚いたことに、ニューラル・ネットでの学習曲線もまったく同じようにいったん落ち込んだ後に上昇する。まさに人間の脳の働きを再現したモデルだと考えられます。
(…)
私たちの脳は、どうやって音の方向を瞬時に判断しているのでしょうか。
(…)
伝わるスピードは同じですから、左右からの刺激がぶつかる場所、両方から叩かれる場所は、真ん中の(50)の細胞を越えたところになります。
 実はこのぶつかる場所で、私たちは音の位置を判断しているのです。(…)真ん中から聞こえてくる音は、丁度真ん中、(50)の神経細胞でぶつかることになります。
 (…)こうした速度は化学反応ですから、個人差があるわけではありません。
(…)
 では、数学で暗算が速い、と... (続きを読む)
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養老孟子 著『バカの壁』(2003)

第三章 「個性を伸ばせ」という欺瞞

「会社でもどこでも組織に入れば徹底的に「共通了解」を求められるにもかかわらず、口では「個性を発揮しろ」と言われる。どうすりゃいいんだ、と思うのも無理のない話。
 要するに「求められる個性」を発揮しろという矛盾した要求が出されているのです。
(…)
こう考えていけば、若い人への教育現場において、おまえの個性を伸ばせなんて馬鹿なことは言わない方がいい。それよりも親の気持ちが分かるか、友達の気持ちが分かるか、ホームレスの気持ちが分かるかというふうに話を持っていくほうが、余程まともな教育じゃないか。
 そこが今の教育は逆立ちしていると思っています。(…)
 
 彼らの成功の要因には努力が当然ありますが、それ以上に神様というか親から与えられた身体の天分があったわけです。誰か二軍の選手がイチローの十倍練習したからといって、彼に追いつけるというものではない。私たちには、もともと与えられているものしかないのです。」


第四章

「一般に、情報は日々刻々変化しつづけ、それを受け止める人間の方は変化しない、と思われがちです。
(…)
 では、逆に流転しないものとは何か。実はそれが「情報」なのです。ヘラクレイトスはとっくに亡くなっていますが、彼の遺した言葉「万物は流転する」はギリシャ語で一言一句変わらぬまま、現代にまで残っている。
(…)
 知るということは、自分がガラッと変わることです。したがって、世界がまったく変わってしまう。見え方が変わってしまう。それが昨日までとほとんど同じ世界でも。
(…)
 しかし、人と情報、両者の本質的な特性を比較して考えれば、大きく見て変わらないのがどちらであるかは明らかでしょう。だから、若い人には個性的であれなんていうふうに言わないで、人の気持ちが分かるようになれというべきだというのです。
 むしろ、放っておいたっ... (続きを読む)
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養老孟子 著『バカの壁』

第一章

「話せばわかる」は大嘘 
(…)自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている。ここに壁が存在します。これも一種の「バカの壁」です。

(…)
本当は何もわかっていないのに「わかっている」と思い込んで言うあたりが、怖いところです。
このように安易に「わかっている」と思える学生は、また安易に「先生、説明してください」と言いに来ます。」

「最近、私は林野庁と環境省の懇談会に出席しました。そこでは、日本が京都議定書を実行するにあたっての方策、予算を獲得して、林に手を入れていくこと等々が話し合われた。そこで出された答申の書き出しは、「CO²増加による地球温暖化によって次のようなことが起こる」となっていました。私は「これは”CO²増加によると推測される”という風に書き直して下さい」と注文をつけた。するとたちまち官僚から反論があった。「国際会議で世界の科学者の八割が、炭酸ガスが原因だと認めています」と言う。しかし、科学は多数決ではないのです。
 「あなたがそう考えることが私は心配だ」と私は言いました。おそらく、行政がこんなに大規模に一つの科学的推論を採用して、それに基づいて何かをする、というのはこれが初めてではないかと思う。その際に、後で実はその推論が間違っていたとなった時に、非常に問題が起こる可能性があるからです。
 特に官庁というのは、一度何かを採択するとそれを頑として変えない性質を持っているところです。だから簡単に「科学的推論」を真理だと決め付けてしまうのは怖い。
 「科学的事実」と「科学的推論」は別物です。
(…)
 別に「全てが不確かだ。だから何も信じるな」と言っているわけではないのです。温暖化の理由が炭酸ガスである可能性は高い、と考えてよい。(…)それと同じで「八十%の確率で炭酸ガスと思える」という結論を持てばよい。」


第二章
「では、a=ゼ... (続きを読む)
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「ゲーテ (1749-1832) は、人類史上における、知・情・意のスーパースターだ。大詩人であり、大小説家であり、政治家でもあった。(中略)人間存在の意味を追求した文学者であるが、同時に自然科学者でもある。植物のメタモルフォーゼ(変態)を研究し、光と色の関係を研究し色彩論を書いた。ゲーテの自然科学は、生命についての詩人的な直感とも結びついていて、現在見直されてきている。
 ゲーテの最高傑作は、『ファウスト』である。『ファウスト』の中には、人間についての英知が箴言(シンゲン) の形でちりばめられている。自分好みの格言を見つけようとすれば、いくらでも見つかるだろう。」

「ゲーテは世界中のどこでよりも、日本で愛されてきた。知情意のバランスが最高度のレベルで統合され、人生についての洞察に満ちあふれている点が、急激な近代化の中で近代的自我を形成しようとしていた日本人たちにフィットしたのだろう。
 ゲーテは、近代的自我の巨人である。ゲーテに信仰心がないわけではもちろんないが、それはキリスト教的な一神教的神学ではなく、生命を生み出す自然世界の原理そのものが、ゲーテにとっての神だったのではないか。
昨今流行したポストモダンの思想は、近代後の社会を構想するものであったろうが、日本の現状を見る限り、まず必要なのは、近代を各個人がしっかりと一度くぐり抜けることだ。

  近代的自我というものを、現代日本人はかならずしも形成できていない。

ゲーテたちの著作を読むことで、近代的自我のモデルを自分の中につくっていく必要が一度はある。」
(『理想の国語教科書』斎藤孝)
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「(福沢諭吉 (1834-1901) は)幼い頃から古い因習にとらわれることはなかった。殿様の名前が書いてある紙を踏んで叱られると、殿様よりもっと格上の神様の名のあるお札を踏み、何ともないことを確かめると、便所紙にまで試してみる。お稲荷様のご神体を見てやろうと箱を開け、中に入っていた石を入れ替えてしまう。自分が拾った石に御神酒をあげて皆が拝んでいるのを横から見てうれしがっているという、なんともとんでもなく、肝の据わった合理主義的な子どもであった。占い呪いは一切信ぜず、「子どもながらも精神はまことにカラリとしたものでした。」という。この「カラリ」は、一言にして福沢諭吉のスタイルを言い当てている。」
(『理想の国語教科書』斎藤孝)
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「高校生の頃、谷崎潤一郎の『文章読本』を読んでいたら、文章は無駄がなく短いのがよいのだということが書かれてあって、その理想として志賀直哉 (1883-1971) が挙げられていた。谷崎自身は、それほど短い文を書く作家ではないのに奇妙なことだと思いながら、志賀直哉の作品をあれこれ読んでみた。(中略)主人公に共通する「不機嫌」の気分が近代日本、とりわけ日露戦争後の明治四十年代の日本における青春の特質だったと教えられた。不機嫌を重要テーマとして肯定的に読み直してみると、実に見事に各作品に不機嫌が表現されているのに驚いた。たしかに文学者でなければなし得ない微妙で的確な描写に溢れている。さすがだと感じ入った。

 そこまで回り道をしなくてもすっと入ってきた作品もあった。それが『清兵衛と瓢簞』や『小僧の神様』だ。主人公が子どもであるので、不機嫌にはまりこんでおらず、まっすぐな生命力に溢れている。(中略)もっと奇抜な瓢簞を買えという大人に対して、「こういうがええんじゃ」とはっきり答える。
 この一言には、キレと張りがある。大人のいい加減な価値観に押し流されずに、自分の価値観(審美眼)を信じて、大人たちとの摩擦もものともしない。」

 瓢簞がおもしろいのは、そこに「磨く」という行為が含まれるからだ。ただ単に眺めて楽しむだけではない。磨き方によって瓢簞は良くなる。手をかけてかわいがることによって相手が変わっていくのは楽しい。(中略)
 自分の好きなことをしっかりと見つける力が清兵衛にはある。その意味で、不幸な子どもではない。多くの子どもは、自分が本当に好きなものを見つけられないでいる。テレビゲームなど、売り手側の商業戦略にのせられて、皆が同じものが好きだといっている状況は、清兵衛が瓢簞に凝るのとはまったく違う。
 瓢簞を禁じられた後、清兵衛は絵を描くことに熱中する。自分で何かをつくったり、表現することに向かっている。その下... (続きを読む)
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モーツァルトの手紙(小林秀雄『モオツァルト』より)

「——構想は、宛も奔流のように、実に鮮やかに心のなかに姿を現します。然し、それが何処から来るのか、どうして現れるのか私には判らないし、私とてもこれに一指も触れることは出来ません」
「そして、それは、たとえどんなに長いものであろうとも、私の頭の中で実際に殆ど完成される。私は、丁度美しい一幅の絵或は麗わしい人でも見る様に、心のうちで、一目でそれを見渡します。後になれば、無論次々に順を追うて現れるものですが、想像の中では、そういう具合には現れず、まるで凡てのものが皆一緒になって聞こえるのです。大した御馳走ですよ。美しい夢でも見ている様に、凡ての発見や構成が、想像のうちで行われるのです。
 ——いったん、こうして出来上がって了うと、もう私は容易には忘れませぬ、という事こそ神様が私に賜った最上の才能でしょう。だから、後で書く段になれば、脳髄という袋の中から、今申し上げた様にして蒐集したものを取り出して来るだけです。——周囲で何事が起ころうとも、私は構わず書けますし、また書きながら、鶏の話家鴨の話、或はかれこれ人の噂などして興ずる事も出来ます。然し、仕事をしながら、どうして、私のすることが凡てモオツァルトらしい形式や手法に従い、他人の手法に従わぬかという事は、私の鼻がどうしてこんなに大きく前に曲って突き出しているか、そして、それがまさしくモオツァルト風で他人風ではないか、というのと同断でしょう。私は別に他人と異なった事をやろうと考えているわけではないのですから。」

【解説】より
「小林秀雄はこう言っている。「彼は、作曲上でも訓練と模倣とを教養の根幹とする演奏家であった。」モーツァルトは、「まねる盗む力」の天才であった。無から創作が生まれるとは信ぜず、幼い頃から模倣を数多くこなし、反復練習を通してそれを身体に技化してきたからこそ、自由にヴァリエーション豊かな演奏と... (続きを読む)
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「ギリシア・ローマ神話の神々たちは、人間の思い上がりを許さない。自分たち神々は、かなりわがままで勝手なことをするが、人間が神々のように振る舞うことは許さない。」
「神々と人間が入り交じった神話は、生きるヒントの宝庫だ。」
(『理想の国語教科書』斎藤孝)
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「菊池寛は、人間に興味を持ち続けた作家だ。高尚な考え方ではなく、実生活を生きている人間を描いた。菊池の家はずいぶん貧しく、小学校三年の時、教科書を買ってもらえず、友達の教科書を写した。(中略)バイタリティのある、偉大な常識人だ。(中略)
 『人といっしょに物を食ったとき、相手が自分よりよっぽど収入の少い人であるときは少し頑張ってもこっちが払う。相手の収入が相当ある人なら、向うが払うと云って頑張れば払わせる。』(『私の日常道徳』ちくま日本文学全集)
 まともなのだが、どこかおかしみがある。菊池の他の作品としては、『恩讐の彼方に』も有名だ。これも、要約がきっちりできるほどクリアな筋を持っていて、なおかつ感動できるという菊池寛スタイルの名作だ。」(『理想の国語教科書』斎藤孝)
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「作家の古井由吉先生と対談した折、書いているとき日本語の感覚がおかしいと感じられたときに、調子を取り戻すためのトレーニングメニューのような作家はいますかと質問したところ、「それはさすがに漱石ですね」という答えをいただいた(「文學界」2002年3月号)。」(『理想の国語教科書』斎藤孝)
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「シェークスピアは、あまりにも豊かで、あまりにも強烈だ。創造をしたいと思う人は、彼の作品を年に一つだけ読むにとどめた方がいい。(中略)シェークスピアは、(中略)銀の皿に金の林檎をのせて、われわれにさし出してくれる。ところがわれわれは、彼の作品を研究することによって、なんとか銀の皿は手に入れられる。けれども、そこへのせるのにじゃがいもしか持っていない。これではどうにも格好がつかないな。」(エッカーマン著、山下肇訳『ゲーテとの対話』)
 ゲーテにここまで言わしめるとは、なんともとんでもない怪物だ。」(『理想の国語教科書』斎藤孝)
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「たとえば、道ばたに唾を吐くことは、それがマナーに反することだとされているからしないというのではなく、自分の生の美意識に反するからしないというときに、真の倫理となる。絶対的な宗教を持たない日本においては、とりわけ職人気質などに代表的に見られるような生の美意識が、倫理規範や生きる力の基本となる。」(『理想の国語教科書』斎藤孝)