umedamochio はてなハイク市民 (銅 70日)

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村上春樹

それは僕に生物進化の行き止まりのようなものを連想させた。遺伝子的後退。間違えた方向に進んだまま後戻りできなくなった奇形生物。進化のベクトルが消滅して、歴史の薄命の中にあてもなく立ちすくんでいる孤児的生物。時の溺れ谷。それは誰のせいでもない。誰が悪いというわけでもないし、誰にそれが救えるというものでもない。(「ダンス・ダンス・ダンス」上p9-10)
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村上春樹

考えてみると、僕の場合にはもともと「書くべきこと」がとくになかったんです。「どうしてもこれだけは書かなくては」という強固なメッセージみたいなのが、僕の人生の中にも、生活の中にもなかった。おかげで書き始めるまでに時間がかかったけれど、結果的にはそれが逆に幸運だったのかなと思います。(「若い読者のための短編小説案内」p215)
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村上春樹

僕はいつも思うのだけれど、本の読み方というのは、人の生き方と同じである。この世界にひとつとして同じ人の生き方はなく、ひとつとして同じ本の読み方はない。それはある意味では孤独な厳しい作業でもある―生きることも、読むことも。(「若い読者のための短編小説案内」p241)
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南直哉

私は自分の子供に、何でもいいから一つ、生涯好きでいられるものに巡り合ってほしいと思っています。これをやっていれば幸せで、それによって他者との縁が豊かになるもの、それが一つあれば、将来どんなことがあっても生きていけるはずだと思うからです。(「なぜこんなに生きにくいのか」p204-205)
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ミルチャ・エリアーデ

私の仕事の意味を明らかにすることができるのは私の書いたものの総体です。(中略) 私は残念ながら、自分のすべてを代表するような一冊の本を書くことはできませんでした。(中略) 私の人生と仕事の意味は、その全体からしか捉えることはできません。ところでこれはかなりむずかしいことです。私の本の一部はルーマニア語で書かれ、西欧では読めません。また、ほかのフランス語で書かれたものはルーマニアでは手に入りません。(「迷宮の試煉」p241)
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ミルチャ・エリアーデ

そうしてアングロサクソン諸国に、アメリカにさえ常に生きているあのアカデミックな迷信、文学的想像力の行為を低く見る迷信に対抗しようと欲したのです。純粋に学問的な行為に比べて、自然な、自由な創造が無価値であるかのごとき迷信。これは非常に有害な迷信です。(中略) そうして私は、文学的創作は知識の行為とは無縁なただの遊びだという学者たちの自称科学的実証主義に断乎として抗議します。(「迷宮の試煉」p231)
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ミルチャ・エリアーデ

私は内面的な日記が大好きです。著者の生きたいくつかの瞬間を捉えるのが好きです。時間を保存するこの情熱、私自身が『日記』を書いている理由もそこにあります。短い、あるいは長いメモでつかの間の瞬間を保存すること・・・・。(「迷宮の試煉」p230)
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ミルチャ・エリアーデ

私に災厄と見えるもの、それが怨念でした。怨念の人は、私からすると、生命を活用しない不幸な人です。その生活は抜け殻のようなものです。(中略) 断絶を受け入れ、そうしてとりわけ創造しなければならない。創造こそが、運命に対して、<歴史のテロル>に対して出すことのできる回答である、と。(「迷宮の試煉」p129)
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ミルチャ・エリアーデ

ある歴史的局面では文化的活動が、特に文学と美術が、一つの武器を、政治的な道具を構成します。(中略) 人間の意識を変えること、希望をかきたてること。ですから、仕事を続け、創作を続けることによって、われわれが歴史的局面から遠ざかるとは思いません。(「迷宮の試煉」p109)
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ミルチャ・エリアーデ

私は二十六歳で有名人になりました。(中略) これは非常に重要な経験でした。なぜならば、栄光に包まれる、賛美されるとはどういうことかを私はかなり若いうちに知ったからです・・・・。それは快適です、しかし格別のことは何もありません。そこで、その後の人生で私はその誘惑に無関心になりました。(「迷宮の試煉」p96-97)
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司馬遼太郎

われわれは他者を理解しようとする場合、その人に会ったほうがいいというようなことは、まず必要はない。(「翔ぶが如く」一巻p288)
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小林秀雄

彫刻の何んたるかを始めて僕に教えてくれたのはミケランジェロだ。そう言ったところで誰も信用してくれまい。構わない。他人が信用してくれない言葉を、人は、やがて自分でも信用しなくなる、僕には、そちらの方が恐ろしい。(ゴッホの手紙、新潮全作品20、p16)
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小林秀雄

感動は心に止まって消えようとせず、而もその実在を信ずる為には、書くという一種の労働がどうしても必要の様に思われてならない。書けない感動などというものは、皆嘘である。ただ逆上したに過ぎない、そんな風に思い込んで了って、どうにもならない。(ゴッホの手紙、新潮全作品20、p12-13)
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古谷利裕

くだらない事を言っている奴がいて腹が立ったりすると、ついついそういう人をねじふせるように納得させたいという感情が働いてしまう。科学的な言葉遣いっていうのは一見冷静で客観的にみえても、ねじふせたい欲望と無縁じゃないと思います。だから、誰にも反論出来ないように科学的に(というか、科学的にみえるように)書くというのは確かに「判らない奴」のほうに引っ張られている。(新潮08/11, p294)
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保坂和志

90年代半ば以降、今まで目にしなかったようなとんでもなく判っていない人の感想まで、インターネットを通じて見るようになったわけだけど、自分が書いているときにいま自分がいる状態を自覚すると、判らない人に判らせようとして書いているときは明らかに停滞しているし、たぶんその停滞に自分がイラついているために言い方が権威主義的になったり暴力的になったりしていると感じてしまう。(新潮08/11, p294)
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イビチャ・オシム

日本には研究熱心なあまり、相手を実像以上に強く見積もる悪い癖がある。ほとんどの国と対等に戦える関係にあるのだから、もっと自信を持って、頭を使い、勇気を出し、その上で相手より走らないといけない。(日経新聞2008/12/17)
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阿川尚之

今回の大統領選挙で示されたアメリカ人が示す希望の元気さには、日本人も学ぶところが多い。政治家も国民も、日本人は言葉を信じなくなった。希望を信じなくなった。そして一種の袋小路に陥っている。英語に「エデュケイティド・インキャパシティ」という言葉がある。ものごとを知って、かえって何も決められない現象である。我々はその罠にはまっていないか。(「中央公論」2009年1月号)
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松田昌士

そんな苦労が蓄積した結果だろう。妻は四十歳を過ぎたころに舌の動きをつかさどる筋肉がまひするという病気に襲われた。ひどい時は立って呼吸すらできない。(中略)
土曜の夕刻、薄暗い空の下で始めた喪主のあいさつは、当初、淡々と終えるつもりだった。(中略) 気付いた時には「郁子を追い込んだ連中を私は一生、許さないっ」と叫ぶ自分がいた。(日経新聞2008/11/29)
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松田昌士

国鉄時代、私は常に主力組合であった国鉄労働組合(国労)と真っ向から対峙した。分割・民営化の信念を掲げ、これを曲げることもなかった。当然、私への風当たりはきつくなり、それは家族にも及んでいた。陰に陽に寄せられる様々な苦情、いやがらせ。国労関係者だけでなく、彼らと連帯を組む勢力が入れ代わり立ち代わり、妻や三人の子供たちに圧力をかけていた。(中略)
ある時、同居している長女の息子が極度に水を怖がることを知った。理由を尋ねると、近隣のプールで指導員とおぼしき人物に無理やり顔を水に押し付けられたという。孫にまでの陰気ないじめにはさすがに慄然とした。(日経新聞2008/11/29)
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保坂和志

私たちは「本を読む」ということを、「そこに書かれていること(内容・意味・情報)を理解する」こととふつうは考えている。その場合、当然、言葉は生成しつつあるものを表現していない。言葉はすべて事後のものとなっている。
しかし、もし本を読みながら、読者の頭でいろいろな考えが渦巻いたとしたら、「言葉が何かを生成させた」ということになるのではないか。(「小説の誕生」p331)
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