超短編
彼女の左側の腕には引っかき傷がたくさんある。それらはすっかり薄くなっていてほとんど皮膚と同化している、とはいえ、数が数なだけに痛々しく見える。とくにこんな薄暗い部屋の中では。
不躾を承知でぼくはその日尋ねた。彼女を好きになればなるほど気になって、それでぼくはそっと彼女の腕をとり、こうささやいた。
「きみの腕の傷のこと、聞いてもいい?」
彼女はほんの少し動きを止め、ぼくの目を覗き込むようにしてから口もとだけで笑った。「猫よ、猫を飼ってたの。ずいぶんと昔に」そうだったのか、とぼくは頷く。できるだけ平静に。そう、そんなのは予想通りの答えなのだ、彼女の勝気な性格からすると。
「左腕ばかり引っかく猫だったの?」
「そうねえ」と彼女はしばし自分の左腕を見つめ、傷跡をなぞりながらため息をついた。
「右利きだからよ」「猫が?」「猫じゃなく、わたしが」
ぼくの表情の変化を、彼女は感じとるだろうか。だとしたら、悲しい。
「左手に猫を持ったら危ないもの。ね、だからよ」
彼女の右腕は、彼女の左腕とは違ってほんとうにきれいで、アンバランスで、悲しい嘘つきだ。
不躾を承知でぼくはその日尋ねた。彼女を好きになればなるほど気になって、それでぼくはそっと彼女の腕をとり、こうささやいた。
「きみの腕の傷のこと、聞いてもいい?」
彼女はほんの少し動きを止め、ぼくの目を覗き込むようにしてから口もとだけで笑った。「猫よ、猫を飼ってたの。ずいぶんと昔に」そうだったのか、とぼくは頷く。できるだけ平静に。そう、そんなのは予想通りの答えなのだ、彼女の勝気な性格からすると。
「左腕ばかり引っかく猫だったの?」
「そうねえ」と彼女はしばし自分の左腕を見つめ、傷跡をなぞりながらため息をついた。
「右利きだからよ」「猫が?」「猫じゃなく、わたしが」
ぼくの表情の変化を、彼女は感じとるだろうか。だとしたら、悲しい。
「左手に猫を持ったら危ないもの。ね、だからよ」
彼女の右腕は、彼女の左腕とは違ってほんとうにきれいで、アンバランスで、悲しい嘘つきだ。














